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ちょっといい話
2007年01月 の記事
2007年01月01日

新年がやってきた

 車で通勤途中の高台で、朝日に映える富士山がひときわ、きれいに見えたのは元日の朝だったからだろう。

 昨夜、大晦日の夜までおせち料理のご予約のお客様への引き渡しがあり、お引き取りのお客様一人一人に「ありがとうございました。良いお年をお迎えください」とお礼の言葉を述べたとおりに、自分にとっても新年の朝は本当にすがすがしく、昨夜までの疲れも吹き飛んでしまうほどであった。 昨年春の定期異動で店長に昇進し勤務店舗も変わった。そして夏が過ぎ秋が過ぎ、年が明けて、店長として新年を迎えた彼。「元旦はオープンから、みずからお客様をお迎えしたい」と28歳の彼は思った。

 元日の朝も変わりなく出勤してくださったキッチンのパートさん、フロアーのパートさん一人一人に「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。今日の出勤、ありがとうございます」と挨拶をした。

 いつものように、キッチンシューズを履いて、ネット付きのキッチン帽子をかぶり、胸までの長いエプロンをつけ、手を入念に洗ったあと、キッチンの中に入り、冷蔵庫、冷凍庫内の食材をチェック、キッチン内の清掃状況も確認した。仕込みのパートさんにも今日の売上目標を伝え、「今日もよろしくお願い致します」と声を掛けた。

 フロアーのパートさんが接客六大用語を唱和している。どのパートさんも指示をしなくても、自主的に業務を淡々とこなしている。その姿に感心もし、尊敬の念さえ生じてくるのがわかった。
 午前10時のオープン5分前。去年4月から一緒にこの店に配属になった高卒女子の新入社員も10カ月がたち、フロアーのユニホームもよく似合うようになった。後ろで束ねた髪をシニヨンに包み込んで、全体にこざっぱりとした清楚な感じで、店長の前に立ち「店長、駐車場の見回り済みました」と報告した。

「よし、オープンだ」

 フロアーのパートさん2名はステーションでの作業をお願いして店長と女子社員の二人で玄関前に立った。

 間もなく、ゆっくり歩いてくる老夫婦と思われるお客様が並んで向かってくる。すかさず、女子社員が動いた。ドア前で待ち、彼女はドアを開け「いらっしゃいませ。明けましておめでとうございます」とお店の中にお招きした。店長も同じように明るくご挨拶をした。

 初詣でを済ませて来られたようで、白髪の奥様は和服を着ていらして、ご主人は三つ揃いのスーツで、破魔矢(はまや)を手にされていた。

 女子社員がお席にご案内してメニューをお渡しし、いったん下がって、おしぼりとお茶をお持ちした。

 奥様が「おぞう煮のメニューを二つ、お刺身の盛り合わせを一つ、それにお酒を一本、お願いします」と女子社員に注文した。

 オーダーを受けてステーションに戻り、お刺身盛り合わせを先につくっていただくことをお願いした。

 女子社員が出来上がったお刺身盛り合わせと人肌のお酒をお席にお持ちしてお店の盃を置こうとすると、「お盃は持ってきたんです」と、奥様は和装の手提げ袋から小物袋を取り出し、その中から朱塗りの盃を出し、ご主人と自分の前に置いた。

 奥様がお銚子をご主人に向けると、ご主人は両手で盃を持ってそそいでもらい、それをテーブルに置き、奥様から銚子を受け取って、今度はご主人が奥様の盃にそそいで上げ、ふたりで盃を持って「明けましておめでとうございます」と盃を上げた。

 お刺身を召し上がりながら、お酒を2、3杯、召し上がったところで、おぞう煮のセットメニューをお席にお持ちした。

ゆっくりと、にこやかに、新年を迎えられている老夫婦のお客様を見ながら、店長はこの穏やかな新年の始まりに心が洗われる思いがした。

 それから間もなくして、初詣でのあとの和服姿の若いカップルや、お友達同士、ご家族、三世代ご家族や、ご親戚様とご一緒の団体様も来店され、日中からディナーに掛け、お客様の来店がつづいた。

 それでも午後8時を過ぎると落ち着いてきて、店長はチーフ、社員に任せ、事務所で書類の整理を始めた。

 フロアーでは、午後9時を回ってから、振袖姿のお客様が来店され、お一人様なのに、お雑煮のセットメニューを二つ注文された。チーフがテーブルにお持ちすると、「店長さんを呼んでください」と言う。

 店長は心地よい疲れを感じながら帰ろうとしていたところで、「お客様が店長をお呼びです」というチーフの声に、「何か、あったのか」と緊張した声を上げた。「いいえ、お客様が呼んでください、と言っていますので…」とチーフは言った。

 何だろうと思いながら、フロアーに出てみたが、どのお客様かわからずチーフに聞くと、「後ろ向きのお振袖のお客様です」と教えてくれた。

 お席に行って「いらっしゃいませ。お呼びでございましょうか」と、顔を見て驚いた。前の店でチーフで勤務していた時、とても気が合った女子社員であった。

「お久し振りです」と彼女は言った。「どうしたの?」と驚くように店長。

「一緒にお正月をしたかったの。おぞう煮、たのんでおいたわ。夕食はまだでしょ。さあ、座ってください」と彼女。

 彼は涙が出そうになった。結婚したかったほど好きな彼女だった。彼が前の店で店長の内示を受けたあと、なぜか彼女は退社して実家に帰ってしまった。

「どうしたの?」ともう一度、彼は聞いた。懐かしさもあり、責めたいような気持ちもあり、いろんな感情がないまぜになったが、やはり逢えてうれしかったことが一番で、止められない涙がひとすじ、ほほを伝った。

「お父さんとお母さんに、あなたと結婚したい、と言いに行ったの。そうしたら、お母さんが、嫁ぐんだったら、きちんと料理をおぼえて行きなさいと言われて、昨日まで教えてもらっていて、やっとお母さんが、合格よ、と言ってくれたの」「そうか」涙がもうひとすじ流れた。

「君のお父さん、お母さんに挨拶に行かなくちゃな」と、彼はポケットからハンカチを取り出した。

「お父さん、お母さんも一緒に来ているの。ほら、あそこの席。ずっとあなたのことを見ているわよ」と目で示されたほうを見ると、人の良さそうな、ご夫婦が頭を下げている。

 彼は、びくんとして、「挨拶に行ってくる」と席を立った。

「すぐに戻ってきてよ。ぞう煮が冷めちゃうから。元日に、あなたとぞう煮を食べるのが夢だったのよ」
きちんと彼女のご両親に挨拶をして、席に戻って、彼女とぞう煮を食べながら、彼は今朝、最初にご来店された老夫婦のお客様のことを思い出していた。

 (世界の中心に愛がある、ということを信じている孤独な編集長より)

2007年01月08日

成人になるって

 春には満開の花咲く桜並木も、葉をすべて落として枝ばかりとなっていた。冬の木枯らしの中を、桜の花を思わせるようなピンクのニット帽にピンクのマフラーをして自転車のペダルをこぐ彼女。

 昨日の夜、お母さんとケンカをした。「再婚するけど、あんたも来るよね」と言われ、突然のことだったので、つい彼女は「行かないわよ」と言ってしまった。お父さんは、彼女が5歳の時、山村の橋梁(きょうりょう)工事に従事していて、豪雨で発生した土砂崩れに巻き込まれて亡くなった。 母一人子一人、食いつなぐようにしてお母さんのいくつかのパート仕事で何とか暮らしてきた。彼女も高校に入ってからは、隣に住んでいたおばさんの紹介で、とんでんのお店でアルバイトをしながら、いくらかでもお母さんの助けになろうと頑張ってきた。

 隣のおばさんはキッチンの天ぷらラインを担当していて、「絶対に料理をおぼえたほうが、あとあといいから」とすすめられるまま洗い場から始まってキッチン内で仕事を教えてもらった。アルバイトをしていた頃の平日の勤務時間はディナーの3時間、土日・祝日はお店からお願いされた時間、夏休み、冬休みは8時間フルタイムで、お願いされたその日のシフトに従った。

 高校2年の時にはお鮨を完璧に握れるようになって、ピーク帯の鮨ラインに彼女がいるといないとでは大きな違いが出るほどであった。

 勉強もそこそこ頑張ったし、何よりもお店に来ることが楽しかった。高校3年になって、お母さんから「大学に行ってもいいのよ」と受験をすすめてくれたが、それほどの余裕があるとは思えず、何かあてがあるように感じて、それがまた何かいやな気がして、「大学へは行かない。わたし、とんでんに就職する」と言ってしまった。心の中では(そうだ、口のうるさい地区マネジャーにお願いしてみよう…)と思ったりもした。

 勤務時間の関係もあって、月に何度も会えない地区マネジャーだったが、来ると彼女に声を掛け、「手を洗えよ。エプロンは手を拭くためにあるんじゃないんだ。きれいなエプロンで仕事ができてこそ1人前。それから、そんなやせっぽちじゃ体が持たんぞ。しっかりご飯を食べろよ」と言われ、お父さんのいない彼女にはうれしかったくらいだ。

 アルバイトだったから、いつ会えるかわからない地区マネジャーにお願いをする前に、店長から「大学に行かないのなら、うちの正社員にならないか。人事部に推薦するよ」と熱心に話してくれて、一日だけ考えて決心を固めた。お母さんはそのことに少しだけ驚いたけれど、「2年半も勤めたとんでんさんだし、あんたが決めたことだから、反対はしない。頑張りなさい」と笑顔なのに涙ぐんでいた。もらい泣きしそうになって、彼女は「うん」と言って背を向け、「じゃ、アルバイトに行ってくるね」と家を出た。

 その翌年に正社員になって2年目の冬、キッチン内の作業はひと通りできるようになっていたし、何よりも、みんな親切で家族のように接してくれた。だから、ちっとも淋しくなかった。年が明け成人を迎える彼女。お店の駐輪場に自転車を止め、彼女は思いを決め、心の中でこうつぶやいた。

(今夜、お母さんに言おう。お母さん、もう自由になっていいよ。20年もわたしのこと心配してくれたけど、わたし、もう成人になるんだよ。大丈夫。楽しい時ばかりじゃなく、人には言えない辛いことや悲しいことがあっても、私には大家族のような仲間がいるし、会社にお願いして寮にも入れてもらうようにするわ。そう、私はもう独立の時よ!)と…。

 お店の駐輪場で自転車を降りて、少し息をととのえてから、お店のドアを開けていつもより元気良く「おはようございます」と挨拶をして中に入る。

 そして、先に来ていた先輩のパートさんの顔を見ながら、(今日もたくさん、大学では教えてもらえないことを学ぶんだ)と、一人一人に「おはようございます。今日もよろしくお願い致します」と、ほほ笑みながら頭を下げ、更衣室に向かった。

(世界の中心に愛がある、ということを信じている孤独な編集長より)

2007年01月14日

風の音が聞こえるか

「風の音が聞こえるか?」と、ぽつりと店長が言った。お店のオープン前にフロアーに立った店長と若い社員。

 どこの風の音だろう、と異動してきたばかりの若い社員がきょろきょろ見回した。「換気扇ですか?」と真面目すぎるほどの社員。いかにも発見した、という顔で店長の顔を見た。

「ちがう。外の風だよ」と店長。静かだった。「えっ。外の風?」と社員はガラス越しに外を見る。「店長は外の風が聞こえるんですか?」「君には聞こえないのか?」

 若い社員は声には出さなかったが、聞こえるはずがないではありませんか、という顔をした。

 「想像力だよ。大事なことは」

 外は紙くずが空まで舞い、電線が揺れていた。1月も半ばになろうとしているのに、関東の木枯らしは意地が悪いほどに冷たく感じることがある。

「外を見たら、風がびゅうびゅう唸っているのがわかるだろう。駐車場を見ていたら車が入ってくる。想像力があれば、その車の音も聞こえるはずだ。車が入ってきたら、お客様だ。そこから、すぐにお迎えの準備だ。玄関に入ってきてからでは遅いんだ。もし、お客様がお体の不自由な方であれば、何かお手伝いをすることはないか、少なくてもドアを開けて差し上げる、そのドアを開けに行く途中でも、玄関口から近くて良い席はないか瞬時に判断しておく。この仕事で大事なのは想像力と、聞こえない音を聞く心、見えないものを見る心だよ」

 若い社員は引き込まれていた。

「もし、君がキッチンなら、客席が見えなくても、仕込みをしながらでも、玄関の開いた音、いらっしゃいませのお迎えの声、オーダーを取ってオーダーがプリンターに音を立てて打ち上がってくる音、その時々刻々に変化する音を聞き取り、調理のスタンバイ態勢をつくっていく。オーダーがモニターに写ってから始めたら、もう後手後手にまわるだけ。時間に追われるのではなく、時間をプロデュースしていく。わかるか? 今はわからなくても、きっといつかわかる…想像力と心を磨いていけば…」

 駐車場に今日、初めてのお客様の車が入ってきた。若い社員は目をこらして1台の車の動きを追っている。彼は玄関に向かって歩き始めた…。

(世界の中心に愛がある、ということを信じている孤独な編集長より)

2007年01月21日

せき込むお子様

 人の習慣というのは、ある日突然、変えなければならないきっかけがおとずれるようだ。

 関東の冬は1月が一番寒く感じるが、風のない日中なら小春日和を思わせるやわらかな陽射しが心地よいときもある。平日の午後1時半過ぎ、そろそろランチのお客様も減り始め、4~5歳くらいの男の子を連れた30代なかばの清楚な感じのお母様とそのお母様、つまり、おばあちゃんの3人連れでご来店された。

 フロアーには、地方の大学を出て、とんでんに入社し、お店のキッチンで2年仕事をしてフロアー担当に代わった男性社員がいた。とにかく仕事は一生懸命で、まずチーフになることを目標にしていた。

 フロアーの仕事にまだ、ひと月もたっていなく、毎日、お客様が違うフロアーの仕事に慣れようと、そのことだけの毎日であった。

 この3名のお客様をご要望の禁煙席のお席にご案内したのは彼だった。そのあと、ウォーターステーションで、お茶とお子様にはお冷や、そしておしぼりを用意していた。

 男のお子さんが、せき込み始めているのが耳に入ってきた。(風邪でも引いているのかなあ…)と湯飲みにお茶をそそぎながら心配していたら、フロアーのパートさんが、「私、代わります」と言ってきた。

 すごいなあ、この人は…と、フロアーに出て以来、心の入った仕事に感心していて、「私が代わります」と言われても特に反感はなかった。

 彼はずっと、彼女の動きを見ていた。せき込むお子さんを気づかって、冷たい水ではなく、ぬるめのお湯をお持ちして、そのことをお客様に告げていた。お子様は、低アレルゲンハンバーグランチを召し上がっていた。担当した30代のパートさんは本当にきめこまかく、おもてなしを続け、帰りにはお客様が何度も彼女に頭を下げ、「おいしかったですよ。ありがとう」とお礼を言っていた。

 ああいうふうなおもてなしを自分もできるようになりたい、と彼もまた頭が下がる思いで彼女の一挙手一投足を見ながら(勉強になるなあ…)と心の中でつぶやいた。

 彼女は午前11時から午後3時までの4時間勤務であった。彼は3時の休憩で、事務所で勤務を終えた彼女と一緒になった。「先ほどは代わっていただいて、いい仕事を見せていただいて、ありがとうございました」と素直に話した。

 すると、彼女は目を輝かせながら「私がなぜ代わったかわかりますか。私にも、これから迎えにいく保育園の娘がいて、少し、喘息(ぜんそく)気味なのでわかるのですが、小さい子達は煙草の臭いに敏感なのです」と言われ、彼はハッとした。ヘビースモーカーで今朝からもう10本近く吸っていた。

 彼女はやさしく、「煙草の臭いは服に着いてしまうんです」と彼に言って、「お先に失礼します」と明るく帰っていった。

 彼の実家は、地方の小さな駅前食堂であった。彼は思った…オヤジは若いとき、京都の割烹料理屋で修行を積んだことがある。そのオヤジがよく言っていたっけ。「調理人は舌が命だ。この店を継ぐにしても、熱いお茶は駄目、煙草は吸わないこと」と言っていたのを思い出した。

 煙草の習慣は、ちょっとの暇でもあると吸いたくなるものなあ、よしやめよう! と、事務所のテーブルの上のすでに吸殻で一杯になっていた灰皿を片付け自分できれいに洗い、テーブルに戻しておいた。

 彼には半年後に生まれる、新しい小さな家族も増えようとしていた…。

(世界の中心に愛がある、ということを信じている孤独な編集長より)

2007年01月29日

北北西に

 節分が近づくと、「おにはそと~」「ふくはうち~」と小さいころ、鬼役の父親に豆をぶつけたことをいつまでも忘れないでいる16歳の彼女は高校1年生。高校3年の兄と一緒に同じとんでんの店でアルバイトをしている。兄はキッチンで天ぷらラインを担当し、揚げ物の腕は、店長だけでなく、お客様からもおほめの葉書が届くほどあった。

 妹はフロアーで下げ膳を担当して手早く片付け、次のお客様をできるだけお待たせしないように気働きができて、フロアーのパートさんから頼りにされるようになっていた。

 もうすぐ兄は受験。父親は5年前にリストラで退職を余儀なくされ、40代という年齢で新しい職になかなか就けなくて、東北の実家に戻って農家の手伝いをしている。実家の老いた両親は彼を歓迎してくれた。慣れて行くうちに両親は「家族ごと来ないか?」とも言ってくれた。

 母親は結婚前に勤めていた保険会社の事務に嘱託で復活できて、何とか生活はできている。父親も農閑期は土木関係の日雇い仕事があれば、出るようにして、その稼いだお金の中から数万円でも送金してきた。

 その父親から最近、「新しく野菜の温室栽培を始める」という連絡があり、「1年中、安定した収入を得られるように、みんなを呼べるようにしたい」と本格的に農業従事に力を入れていく計画を手紙で書き送ってきた。

 それを読んで、母親は体もきゃしゃだったし、自分が農業を手伝えるかどうか、不安に思っていた。今の仕事で何とか子供たちを社会人になるまで育てあげたい、という気持ちが強くなっていた。

 子供たちも今の学校に愛着があり、自分たちなりに進学目標も決めている。兄の目標は英語が好きで経済学部に進み、父親が〃退場〃させられた商社に入って海外を飛び歩くことだった。父のリベンジだ、という気持ちもあった。妹は保育関係に進みたかった。

 農業に活路を見いだそうとする父親の思いを、別れて暮らす母子は複雑な思いで受け止めていた。
 今年の節分の日は土曜日であった。妹は冬休みのアルバイトでいつもより多く給料をいただいていたから、お店で販売している「恵方巻」を3本予約していた。

 節分の日の朝、妹は母親と兄に「神社に行ってお兄ちゃんの合格祈願をしようよ」と提案して近くにある神社に昼の1時に集合することにした。

 神社に集まった3人はそろって並び、お賽銭を投げ入れ、手を合わせて合格祈願をした。それが終わったところで、妹は恵方巻を母と兄に渡し、「今年の恵方は北北西、お父さんがいる方よ。黙って食べるのよ」と言った。

 母親は、ほろっときていたが、黙って、恵方巻を食べながら、(子供たちの成長を感謝しています。私、お父さんに会いに行きます)と祈った。

 兄は(いつか、みんなでまた暮らせますように)と祈った。

 妹は(お母さん頑張れ! お父さんも頑張れ! お兄ちゃん、絶対絶対、合格!)と祈った。

(世界の中心に愛がある、ということを信じている孤独な編集長より)

とんでん