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ちょっといい話
2007年03月 の記事
2007年03月01日

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2007年03月02日

多数の発光器を持っています

 きれいな色をした桜えびですが、体は4~5cmの半透明で多数の色素胞というものを持ち、これが桜色に見える事から「桜えび」というのだそうです。

 深海性のえびで、昼間や月夜には20~30cmの上層まで浮き上がり厚い群れをつくり、明け方には群れが散って降下するという習性があるそうです。

 多数の発光器を持っていて、薄明かりの水面に対して、腹面がカモフラージュ効果を持って、魚類から身を守るのだそうです。

2007年03月04日

仲間がいる

 3月に入って、梅が盛りを過ぎて散り始め、白梅の花びらが胸の中にまで降りしきるようで、不意に寂しさを感じたりする。

店長になってから十年があっという間に過ぎた東北出身の彼。この半年あまり、実家の父親の病状が思わしくなく、何度か実家に帰ることがあった。その父親も力つきて亡くなり、葬儀を済ませ、その四十九日法要も母親と二人きりでいとなんだ。

 父親の葬儀の時、おおぜいの仲間が励ましてくれた。自分にはこんなにもおおぜいの仲間がいたんだ、と改めて知ったほどだ。その情けの深さに葬儀の祭壇の前で、父親のほほえんでいる遺影を見た時、父親が「よかったな」と言ってくれているようで、こらえきれずに涙がこぼれた。

 親孝行らしい親孝行ができなかったな、と悔やんだ。彼が初めて店長になった時、わざわざ父親と母親が二人で特急電車に乗って、勤務店舗まで来てくれた。そのうれしかった思い出が今もよみがえる。二人がお店に来てくれたのはその一度きりでしかなかった。

 妻とは若いころ、一緒の店で仕事をしていた。美しくてまぶしくて、ライバルはたくさんいて、結婚をしてくれるなんて思えなかった。その彼女に思い切ってプロポーズをして、彼女がうなずいてくれた時、うれしくて絶対に幸せにしようと思った。そう思いつづけて今も頑張っている。子供ももう小学校にかよっている。

四十九日法要の時に、母親に「母さん。落ち着いたら、関東にきて一緒に住まないか?」とすすめてみた。

「ありがとう。父さんを一人で置いていくわけには行かないから、私はこっちにいる。それにこっちにはたくさん、お友達もいるしね。淋しくなんかないから。それより、あんたたち一家が健康で幸せでいることが、母さんには一番の元気のみなもとさ。さあ、早くお帰り。あんたの家族も、それにあったかあい仲間もあんたの帰りを首を長くして待ってるよ」

 母親は気丈(きじょう)に、降り積もる雪を載せた竹のような、しなやかな強さを見せた。彼は母親にもまだまだ教えられるものがあるなあ、と心の中で思った。

「わかったよ。母さん。俺、帰るわ。俺も電話するけど、母さんも時々電話をくれよ。安心できるから」と彼は両手でひざをつかんで、涙が落ちようとするのを耐えた。泣き笑いの彼に母親は「ほらほら」と彼を立たせた。

 父親が入院して危篤の知らせがあり、新幹線と特急を乗り継いで病院に駆けつけた時、彼を待っていたように、父親の意識はまだはっきりしていた。

 待っていたぞ、という顔をする父親に、涙もろい彼はとめどなく流れる涙を拭こうともせず、「父さん。仕事って、格好をつけて、自分だけで考えてやろうとするものではなく、わからなければ、素直に頭を下げて教えてもらえばいいんだよね。仕事の深さを四十近くにもなって、やっとわかりかけたような気がする。どうしようもない息子だよね。俺って」と語りかけた。父親の最期という時に、こんなことしか言えないのか、と彼は思った。

 しかし、父親は一瞬、生気を取り戻したように語り始め、「そんなことはない。そのことを一生、わからないで終わる人もいる。遅くはない。わかっただけ大人になったということだよ。よしっ!」と彼の目を見つめた。 こんなに父親に見つめられたのは、何十年ぶりだろう。その言葉はまるで遺言のように彼の胸に響いた。

 母親との二人きりの四十九日法要を終えての帰り、真っ直ぐ自宅に戻らず、妻と孫に、と母親から持たされたおみやげの入ったバッグを片手に、彼は初めて店長になった時の店舗に寄ってみた。

 テーブルに座る彼に、永く勤めているフロアーのパートさんが、「お久し振りでございます」と、おしぼりとお茶を出してくれた。そして、「お父様、ご愁傷様でした。一度、いらっしゃいましたよね。お父様とお母様で。あの時、おみやげもいただいて、本当に…」と言って、あとは言葉を飲みこんで、頭を下げた。
 親父とお袋がお店にきてくれた時、この席に座っていたんだよな、と彼は思った。「おぼえてくれていたんだね。ありがとう」と彼。

「今日は何かご用で?」とパートさん。

「うん。今日はあの時のように、親父とお袋を連れて来たんだ」と彼が言うと、彼女はあたりを見回した。
「いや、冗談、冗談。親父の四十九日の法要の帰りさ」と彼は顔の前で手を振り、ほほえんだ。

 彼女は、なあんだ驚かせないでくださいよ、という顔で胸に手を当て「淋しくなりましたね」と言ってくれた。彼女の眉が八の字になっている。

「そうだね。でも今回も、父親にも母親にもたくさん教えられたよ。心配ばかり掛けた親不孝者だったな、と反省するばかりですよ。実家からの帰り道、この店に真っ直ぐ寄って、気持ちの上で、もう一回、心を新たにしてみようと思ったんだ」と彼は彼女の目を見て、唇をしっかり結んだ。

「そうでしたか。ごゆっくり、どうぞ」とパートさんのあたたかな声が心の中だけでなく、店内にもゆっくりひろがっていくようであった。

 (世界の中心に愛がある、ということを信じている孤独な編集長より)

2007年03月11日

春の千歳空港

「父さん、話がある。おれ、関東に行くことにした」

 札幌のとんでんのレストランで1年近く、フリーターで勤めていた彼。

 夜の10時を過ぎ、会社の歓送迎会でお酒を飲み、久し振りにススキノで二次会をやって、ご機嫌よく帰ってきた彼の父親はうろたえ、酔いが醒めたように機嫌が悪くなった。

「母さんの一周忌が済んだばかりだろう」

「だから行く。おれ、もう25だよ」

「かおるさん、どうするんだ。いずれ結婚して、この家に住むんじゃなかったのか」

「わからん。だけど、おれは行く。店長が正社員にならないかって言ってくれたんだ。思い切って関東で勉強してみないかって。母さんに心配かけてばかりいた…」

「そうか」そう言われてしまえば納得せざるをえなかった父親は少し黙ったあと、「いつ行くんだ?」と落ち着いた声で彼に聞いた。

「来月。3月25日に…」

「そうか。おれは寝る」

 父親はそう言って、リビングを出ていった。出て行くときに、ちらっと仏壇の上の彼の母親の遺影に目をやったように見えた。

 それから1カ月後。千歳空港へ向かう電車の窓から、まだ残雪があちこちの日陰になっているところに固まりになって見えた。この景色ともしばらく、おさらばだ、と少しセンチメンタルな気分になった。

 正直、父親との別れも辛かった。つい1時間ほど前、「がんばれ!」と手を握ってしっかり目を見て言ってくれた父親の声が今でも耳に響く。  「かあさんが見ているぞ!」と言われたとき、涙がこぼれそうになって涙を見られないように「行ってくる」と言って背を向けた。

 空港に着いて搭乗口に向かう。フライトは朝一番の8時発の羽田行き。 搭乗口に向かうと、なんで? と思わず口に出るところだった。店長、チーフ、仲間の社員、パートさんまで、10人以上も来ていた。

(あぶない…)と彼はこらえた。

「どうしたんですか?」

 照れくさくて、そう言うしかなかった彼。仲間ってすごいな、と今さらながら彼は、心の中でうれしくて、そしてやっぱり、パートさんと同じように急な別れが悲しくもあった。パートさんは泣いたり笑ったり、彼もどうしてあげれば良いのかわからなかった。

 彼女、かおるは来ていないように思えた。アルバイトさんの女子高生まで、春休みだったからか、送りに来ていた。ハンカチを手に、顔がくちゃくちゃになっていた。すっと、その子の手が伸びてきた。包装された紙包みを持っていた。受け取ると、「かおるさんから」と彼女は言った。

(ああ、やっぱり来ないんだ…)と彼は寂しく思って、本当に最後の最後で泣けてきた。形からして、かおるに贈った指輪を返してよこしたように思えた。

 店長が肩をたたいて「今日はめでたい、おまえの旅立ちの日だ。どこまで大きくなるか、俺も楽しみにしている。幸せになれ!」と励ましてくれた。その店長の頬にも涙がつたっていた。「がんばれ~」「がんばれ~」とたくさんの声が空港ロビーでこだました。

 「じゃ、私、行きます。皆さん、ありがとうございました」と言うやいなや「バンザイ!」「バンザイ!」の連呼。(ああ恥ずかしい…でもなんていい人ばかりなのだろう)と肩を震わせながら彼はチェックインし、飛行機内へ向かった。間もなく、うしろで大きな声がどよめいたように思えた。彼の名前を呼んでいるような気もして、最後のさよならをしよう、手を振ろうと思って振り向いた。

 春色のワンピースを着た若い女性が、真っすぐに彼に向かってやってきた。スーツケースを持った、かおるだった。拍手が聞こえる、拍手が…。

(世界の中心に愛がある、ということを信じている孤独な編集長より)

2007年03月18日

空の上

 春浅い新千歳空港。まだ肌に冷たい空気を突き切るように、飛行機は滑走路を飛び立ち、新羽田空港を目指していた。札幌で生まれ、25年間、札幌にいたことの思いを、空から見える、残雪がかえってせつなくさせた。

(父さん、ごめん…)と彼は心の中でつぶやいた。札幌に父親ひとりを残して、〃志願〃して関東のとんでんに勤務することに決めた彼。

「関東に行く」と父親に打ち明けた時、父親から「かおるさん、どうするんだ」と言われたが、思いもしない、そのかおるはなぜか隣の席に座っている。

 飛行機に乗る寸前まで、かおるのことは忘れようとさえ思っていた。そのかおるが、彼のあとを追いかけるように飛行機に乗り込んで来た。

 そして彼の横の席の中年のご婦人に話しかけ、「すみません。私たち、結婚するのです。どうか、お席を代わっていただけないでしょうか」と、眉を八の字にして、手を組んで、まるで神様にお願いでもするように訴えた。彼もあわてて「すみません」と、きちんと頭を下げた。

 ご婦人はにっこり笑って「よろしいですよ、どうぞ。ご結婚、おめでとう。がんばりなさい。私も東京の息子夫婦に会いにいくのよ。というより孫の顔が見たくてね」と席を代わってくれた。

 飛行機は飛び立ったあと、雲を突き抜ける間中、ガタガタと機体を震わせ窓の外は霧に包まれ、かおるは怖がって、ひじ掛けの上の彼の手を握った。それはこれから始まろうとする、誰にもわからない彼らの未来への最初のシーンでもあった。

 厚い雲の中を抜けたあとは巡航速度となり、不安も徐々に遠去かり、機体は安定し、機内のドリンクサービスが回ってきた。その時には、かおるは疲れたのか、彼の肩に頭をあずけて眠ってしまっていた。

 女性の客室乗務員が小声で「いかがですか」と聞いてきたが、彼は声を出さずに口だけで「あ・と・で」と答え、笑顔のきれいなキャビン・アテンダントの彼女はうなずいて、後ろの席に進んでいった。

 千歳空港で、見送りにきた、一緒に勤務していた女子高生アルバイトさんから「かおるさんからあずかったの」と渡された小箱が、彼はずっと気になっていた。その小箱はスーツの上着の横のポケットに入っていたので、すぐに取り出すことができた。そっと包み紙を外して中を見たら、やはり、かおるに贈った指輪のケースだった。

なぜ、返してきたのだろう、と怪訝(けげん)に思いながら開けて見ると、中に二つ折りの小さな紙が入っていた。その紙をひらいて見ると、かおるの字で、「夢の始まり」と書いてあった。

 それを読んで、彼はくすっと笑ったが、とても温かいものに包まれるようにも感じたし、かおるを幸せにする責任の重さも感じた。指輪のケースをポケットに戻そうとした時、彼の肩がわずかに揺れ、かおるは一瞬目を醒ましたようだが、またすぐに目を閉じ、夢の中へ戻っていくようであった。

 肩にもたれて眠る、かおるに目を向けると、彼女の開いている胸に、彼が贈った指輪がネックレスになって彼女の胸を飾り、窓から射してきた朝日が、それをまばゆいほどに輝かせた。

(世界の中心に愛がある、ということを信じている孤独な編集長より)

2007年03月23日

春の恵み

 春の恵みの代表格は、やはり竹の子ではないでしょうか。

豊富な食物繊維は便秘予防改善だけでなく、大腸がんの予防、コレステロールの排出効果もありダイエットに適しています。

 竹の子は日本に古くからある植物のように感じられますが、実は中国から伝わってきたものが多いのです。孟宗竹(もうそうちく)と言う、現在最も多く食べられている竹の子は、江戸時代に入ってから各地に広まりました。

漁(あさ)る楽しみ

 まだまだ日によっては寒さが続いていますが、だんだんと春めいてきました。食卓にも春の訪れを感じさせる物が並び始めました。

 その1つにあさりがあります。

 あさりの語源は「漁(あさ)る」からきているそうです。遠浅の海浜で砂を漁った時に、あさりが出て来た喜びは幾つになっても嬉しいものです。

 あさりは貝塚があるように縄文時代から食べられています。鉄分を多く含み、貧血予防に役立っています。またタウリンという成分もあり、肝機能の向上、糖尿病の予防効果があるとの事。

2007年03月25日

羽田空港

 まだ雪の残る千歳空港を飛び立ち、羽田空港に着陸した飛行機の窓から見える"東京"はまるで南国のようにも思えた。東京は高校の修学旅行以来のことだな、と赴任地の関東店舗に向かう彼はいくぶん不安でもあった。

飛行機が到着口につけられ静止すると、千歳空港から乗り込んで来た、かおるが、しがみつくように腕をからませてきた。かおるは自分の人生を俺に賭けてきたんだ、とあらためて思い、彼はかおるの目を見て、任せておけって、という目で応えた。かおるも、それがわかって彼の目を見てうなずいてみせた。
 荷棚から、かおるのスーツケースと自分のショルダーバッグを降ろして

出口へ向かう列に並ぶと、この飛行機にはこんなにもおおぜいの人が乗っていたんだ、と驚く自分がいた。25年間、それこそ修学旅行以外に北海道を出たことがなかった自分が頼りなげで小さくも思えたほどだ。

 旅行客も多かったが、いかにもビジネスマンというスーツ姿の男たち、そしてパンツスーツ姿のきりっとしまった顔立ちの女性たちにも圧倒されそうな感じを持った。この中に自分もいる、と思った彼は、決して気おくれすることなく、逆に、よしやるぞ、という静かなファイトがわき上がってくるようにも感じた。

 到着ロビーに出た彼は、まずやらなければならないことがあると思った。 午前11時を回っていて、教えられていた赴任店舗の店長の携帯電話に掛けてみた。

 3度目の呼び出し音で、店長の声が聞こえた。彼は店長に「おはようございます」と明るい挨拶をして名乗り、「店長、報告があります」と伝えた。

「ぼく自身も信じられないことが起きたと思っていますが、結婚相手が千歳空港から一緒の飛行機に乗ってきたのです」

「何?」と店長も一瞬、事態がのみこめないというふうな声を出したがすぐに「わかった。心配するな。部屋のことはすぐに人事部に掛け合う。ちょうど既婚者用の部屋がひとつ空いている」と答えてくれた。

「いいのでしょうか。そこまでは考えていなかったのです。独身者用の部屋ですが、しばらく彼女と一緒にいても良いでしょうか、という許可をいただきたかったのですが…」

「何とかする。なんにしても良かったじゃないか。できるかぎりのことはする。地区マネジャーにも報告しておくし、力にもなってもらうから。そうか。それは良かった。おめでとう! それより店まで大丈夫か?」

「ありがとうございます。行けなきゃ格好悪いですから」

 
「そうだな。新郎君、頑張って! 待ってるよ」と店長のあたたかい声にほっとするように彼は電話を切った。

 店長は同じ北海道の出身と聞いていた。

「かおる、行くぞ」と彼は言い、モノレールの切符売場を目指した。

(世界の中心に愛がある、ということを信じている孤独な編集長より)

とんでん