
これから住む街
札幌から関東の赴任地に向かう彼。羽田空港からモノレールに乗る。
9年前、高校の修学旅行で東京に来た時は、羽田空港からはバスだったので、モノレールに乗るのは初めてだった。モノレールはしばらく、地下トンネルを走り、まるで地下鉄のようで、外の景色が見えず、いくぶん不安でもあった。でも、終点の浜松町駅まで乗っていればいいので、気分的には少しの緊張感だけであった。
外が暗いので、窓は鏡のようになっていて千歳空港から乗り込んで来た婚約者のかおるの顔を見ると、自分の顔を見ていることがわかった。まずい、笑わなくちゃ、と彼は思い、目を彼女に向け、安心させるようにほほ笑んだ。かおるの目も笑っていて、こっちが励まされているようだな、と心の中で苦笑した。
モノレールが地下を抜けて地上に出ると晴れていた。東京はきらきらとまぶしい、と東京湾の静かな光る波を見ながら思った。駅に止まるたびに乗客が増えてきた。天王洲アイル駅では、しゃれたビジネスマン、ビジネスウーマンが乗り込んで来た。目に入るビルがどんどん大きくなっていく。モノレールの車内は通路も立っている人でいっぱいになった。
やっぱり、東京は違うなあ、と彼は思った。次から次に景色が変わる車窓から東京タワーが目に入ってきた。かおると二人で目を合わせ、テレビドラマで見た「おかんの東京タワー」だと二人でうなずいた。
浜松町駅ではモノレールから降りるだけでも大変だった。押し合いへし合いで驚いた。人の帯が大蛇のようにくねくねとなって、エスカレーターや階段を降りて行く。流れについて行けば、JRの改札口だった。切符は赴任地に近い駅まで買ってあったので改札を通り抜け、京浜東北線に乗り換えた。
お昼近くだったので乗客は多く、車内はいくぶん混雑していて、二人は大きなバッグを荷棚に上げ、電車のつり輪を握った。電車はけっこう揺れ、意外と必死につり輪を握っていなければならなかった。
上野駅から、おばあちゃんが、よろよろと混雑する通路に入ってきた。電車が動き出すとよろけるように彼の腕を握った。「ごめんなさい」とおばあちゃんがペコリと頭を下げる。彼は「どうぞ、つかまってください」と言った。おばあちゃんは「すいません」と言って、また頭を下げる。すると向かいの席に座っていた若いビジネスマンが立ち上がり、おばあちゃんに席を譲った。おばあちゃんは申し訳なさそうに譲られた席にちょこんと座った。
山手線から外れると車内はすいてきて、おばあちゃんも降りて、二人の席が空いたので座った。あと、3駅というところで、おなかの大きい、彼らとはそう年の違わない若い女性が乗り込んで来た。妊婦さんであった。
彼はすぐに立って、どうぞ、と席を譲った。彼女はにこやかに「ありがとうございます」と言って、よっこらしょ、と言わんばかりにゆっくりと座った。彼女はかおると並んで座っている。いつか、かおるもこんなふうになるのかな、と思ってほほがゆるんだ。
かおるは、なに笑っているのよ、という顔で彼を見た。なんでもない、と顔を横に振りながら窓の外の景色に目をやった。都心から離れた町並みはびっしりとビルや家が立て込んでいた。これもまたすごいなと彼は思った。電車は大きな河を渡った。海ほどに広い河だな、と思ったが、なぜか故郷にある風景のようで懐かしくも思えた。
電車が停まって、かおるが立ち上がった。そうか、降りるんだ、と彼も思い、あわてて荷棚の荷物を降ろし、電車を降りた。階段を昇り、メモを取り出し、西口下車であることを確かめた。改札を出て、階段を降りていくと、電車で席を譲った若い妊婦さんが手摺りをつたって降りていった。
階段を降りきったところで「あら、先ほどはありがとうございました」と彼女は二人に気が付いて、右手でおなかをささえるようにして、これが重いのよ、という顔をして、ふふふっと笑った。
彼は思い切って、彼女に行き先のメモを見せて聞いてみた。「ここへ行きたいのですが」と。
彼女は驚いたように、二人を見た。「私もとんでんなのよ。同じ社宅だわ。今日、主人は休みで今、駅まで迎えに来ているのよ。一緒に乗っていきましょう」
二人はほっとして顔を見合わせた。これから新しい隣人ともなるであろう、おなかの大きい彼女の顔をまぶしく見つめ「ありがとうございます」と声をそろえて言い、深々と頭を下げた。
(世界の中心に愛がある、ということを信じている孤独な編集長より)
胸の中の「エンジェル」
ハナミズキの清楚な花びらが散り始める、ゴールデンウィーク前の金曜日の夕方、セーラー服姿の女子高校生が学校の鞄を片手に、ウエーティングルームに立っていた。襟元の赤いリボンは赤いハナミズキの花を思わせた。
「いらっしゃませ」と、チーフがお迎えすると、もじもじしているが、目はまっすぐ何かを訴えていて、「何か?」とあらためて聞いてみる。
「あのう、高校生のアルバイトは募集していませんか」と言う。
そうなのか…とチーフは胸の中で思い、ゴールデンウィークを前に人手がほしいところだったので、「募集しています」と、笑顔で彼女に答えた。彼女は緊張していたのか、少し震え声で、「履歴書も持ってきています」と言う。
頑張って一所懸命、前に向かってきているんだ…とチーフは感じ、「わかりました。少し待っていただけますか」と安心させるようにほほえんで、奥のほうの静かな席に案内した。
店長は、昨日、今日と休みにしていた。奥さんと生まれて6ヵ月の女の子をゴールデンウィークが終わるまで奥さんの実家に帰すことにして昨日、茅ヶ崎まで車で送って行った。
チーフは事務所から、店長の携帯電話に連絡を入れ、飛び込みで女子高生の面接が入ったことの相談をした。
電話に出た店長からは「面接して、良い子だったら、また連絡を入れてくれ。彼女も待っているだろうし、明日は土曜日で、来れるのなら明日からでも来てもらえるとありがたい」という返事をもらった。
チーフは女子高校生を待たせていた席に戻り、すぐに面接を始めた。履歴書を見ると、地元の女子高の2年生であった。「何をしたいの?」と聞くと、少し間があって、決心したように「フロアーの仕事です」と言う。はきはきしていない話し方なので、「フロアーの仕事? 大丈夫? お客様とお話ししなければならない仕事ですよ」とやさしく話すと、「はい。だから、やりたいんです。自分を変えたいんです」と彼女。
彼女は涙を浮かべていた。肩を小刻みに揺らせ、絞り出すような声で「わたし、小さい時から、いじめられっ子なんです」と…。
「わかりましたよ。大丈夫ですよ」とチーフは言って、「私が今日からあなたの味方になりましょう。仕事も教えましょう。ただし、厳しいですよ。明日から来られますか」と彼女にほほ笑んだ。彼女もつられてほほえみ、うれしそうにぺこりと頭を下げ、「はい」と言って帰っていった。
その彼女を育てたのは、「私ではなく、間違いなくお客様です。そして、いつも彼女に仕事を教え、励ましてきたパートさん、仲間のアルバイトさんです」とチーフは話してくれた。
その彼女は短大に進学し、フロアーのアルバイトをつづけ、しっかりと一人前の大人にもなっていった。お客様に見られる仕事で、身だしなみも美しく、初めて会った時の幽霊のような暗い彼女の面影はもうどこにもない、ということも教えてくれた。
「その彼女はどうしているの?」と聞くと、「うちの会社に就職して、店長を目指しています。私より彼女の方が先に店長になるかもしれません。今は私のお嫁さんですがね」と照れて笑った。
そして「自分で言うのもなんですが、私はチーフとして、ばりばり仕事ができて、そのことは、上司の店長、地区マネジャーも認めてくれているのです。しかし、何か一つ足りないんでしょうね。店長になるには」と言う。
「何だろうね」と彼に聞くと、彼はこんな話をしてくれた。
「ベテランの店長が言っていたのですが、店長になるには、胸の中にエンジェルがいなくちゃだめなんですって。お客様のハートをきゅんとさせる、世界最高のサービスの矢を射(い)ることができるエンジェルが胸の中にいることだと…」
(世界の中心に愛がある、ということを信じている孤独な編集長より)
飛ぶように泳ぎます
ほたて貝が海中をどのように移動するか知っていますか?
二枚貝は普通貝柱を2つ持っていますが、ほたて貝は一つしか持っていません。成長の度合いによって一方が退化し、一方が中央に移動して大きくなるのだそうです。その貝柱の強さを使って、貝殻内に入った海水をジェット式に勢いよく吐き出して、その反動で前に飛ぶようにして泳ぐのだそうです。変わった移動の仕方をするものです。
柏餅について
端午の節句が近づいてきました。その節句にかかせないのが「柏餅」です。
柏餅を季節の和菓子に加える習慣が出来たのは、以下のような由来からと言われています。
1.柏の葉は新芽が育つまで、古い葉が枯れないので、家系が絶えない子孫繁栄の象徴とされ、縁起を担いで、端午の節句に食べられるようになった。
2.柏餅を包む手つきが、神前で拍手(かしわで)を打つ姿に似ており、武運を祈る端午の節句にふさわしいとされた。