とんでん
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ちょっといい話
2007年07月 の記事
2007年07月01日

急な雨に傘

 年々、天気予報の当たる確率が高くなってきたと言われています。最近は時間帯の天気予報まであって、とても便利な感じがしますが、ちょっとお出掛けするのに、この時間帯は雨、とあるので傘を持って行ったけれど雨が降らないことがあり、これはまあいいとして、晴れとあるので信じて出掛けたら雨に降られて身動きならなかった、ということもあります。


 でも、自然現象ですから、こればかりは予測をしても、流れる雲の勝手でしょ、とあきらめるしかありません。


 用心のために出掛ける時は年中、傘を持っていく人を知っていますが、それにしても土砂降りの時は、せっかくの傘も役立たず、ということもあります。


 真夏のランチのピークも終わった午後2時過ぎに、3~4歳の女のお子様を連れたお母さんとふたりきりで食事に来られたお客様がいらっしゃいました。たまたま自分にも同じ年頃のお子さんを持つパートさんが、サービスを担当しました。親子でゆっくりとお子さんと食事をされ、お話しも楽しそうにたくさんされていました。


 それはもう、ほほえましいかぎりで、サービスする方もうれしくなるほどで、お子さんにはお茶ではなくお冷やを何度か出して差し上げ、お母さんにおしぼりも余分に1本多くつけて差し上げました。


 1時間ほどして、お帰りになろうとお会計をすまされ、お店の玄関を出たところでザアーッと雨が降ってきて、親子ふたりで立ち尽くしていました。


 それを見ていたパートさんが、ハッとひらめいて、玄関に立つ親子に話しかけました。


「どうぞ、中でお待ちください」そして「雨が小止みになったら、どうぞお使いください。私の使い古しですし、返していただかなくてもけっこうですので」と、傘を両手に持ってお客様に差し出しました。


 お母さんは申し訳無さそうな顔をしていましたが、お嬢ちゃんはにっこりほほえみ、「ママ、良かったね」という顔でお母さんの顔を見上げていました。

2007年07月08日

怒涛の最終回

 6月21日午前9時、空は真っ青。真夏の天気模様だ。埼玉の秋ケ瀬公園ソフトボール場に、関東の8チームの参加選手と応援者の330名が南は神奈川、北は群馬から集合し第2回ソフトボール大会が開幕。


 試合開始に先立ち、仮設ステージにふだん超真面目の埼玉県内のM店長が立つ。ステージに上がりそこねたようにこけを入れた。その落差にみんな少し驚いて笑う。もう、みんな、本当は楽しさに爆発しそうなのだ。


「宣誓。私たちはこのソフトボール大会をとんでんの通年行事となるようルールを守り、営業3部のY次長の公平な審判に従い、営業2部のN次長の無言のサインに首を振り、営業1部のG次長のヤジ、オドシを恐れず、楽しく闘います。また、この大会の勢いを夏の繁忙期につなげ、暑い夏にしっかりと冷えたビールをお客様に提供して喜んでいただくことを美山加恋(みやまかれん)ちゃんに誓います!!」もう、どっと大受けでした。


 とんでんは7月からの毎週火曜、午後7時、テレビ東京『ココリコミリオン家族』のスポンサーの1社として3カ月間、CM契約(関東版)を結び、10歳の美山加恋さんを主役にしたテレビCMを製作、すでに7月の第1週目の放映があった。


昨年の第1回大会の優勝チームの監督は、このちょっといい話の第19話で紹介し”気合むき出し監督”だが、この春の定期人事異動で次長に昇進し、監督の上の顧問的な立場になり、何か今一つ乗り切れないようだ。


 しかし、見方によると、営業1部、2部、3部から2チームずつ参戦しており、部対抗の様相を呈していることは間違いのないことで、ベンチの最前列で腕組みをして座り、にらみをきかせていた。その顔には「勝たないとどうなるかわかっているんだろうな。気合だよ。き・あ・い!」と書かれているのは誰の目にも明らかだった。


 結果、彼のひきいる1チームは準決勝までいったものの3位・4位決定戦でも破れ4位で散った。彼の気合は無言のまま空回りに終わった…。


 だが、物語はこれで終わりではない。


優勝決定戦は、なんと営業2部チーム同士の戦いとなった。奇しくも、去年の優勝決定戦チームが半分ずつ入っており、戦っているチームにしては相手がどのくらい強いかを知っている。地区で言うと、東京・埼玉連合VS千葉連合の戦いのようであった。


先攻は東京・埼玉連合で、1回の表、手堅く1点を入れたが、裏で千葉連合に3点を入れられた。2回、東京・埼玉連合が1点を返したが、裏で再び千葉連合に3点を入れられ、6対2。3回、4回は、互いに0点で膠着(こうちゃく)状態。5回が最終回、敗色濃厚の東京・埼玉連合の1人目のバッター、東京の活きのいいW店長が鋭い打球で塁に出た。大盛り上がりの東京・埼玉連合だが、最終回ということもあって、次打者からはメモリアル代打に切り替えた。


監督のS地区マネジャーは、まず顧問のN次長にバッターをすすめたが、N次長は、どっちかのチームに加担するわけにはいかないでしょう、と眉を八の字にして手を顔の前で振って断った。それで、今度は同じ地区マネジャーのWヘッドコーチを代打として告げた。


 日に焼けた顔なので、彼がどれだけ青ざめていたかは誰にもわからない。だって、1、2球、空振りだったもの。徐々にあきらめムードが漂う中、打った。打ったんです。もつれる足でファーストにたどり着いたWマネジャー、勝ち誇ったようにベンチに腕を上げた。


それでもまだ、メモリアル代打は続けられた。「か~んとく」「か~んとく」の連呼にSマネジャーがバッターボックスに立った。Sマネジャー


の目は緊張でとがっていた。打った。捕られた。残念。進塁できず、くやしがる応援団。「ワンナウト。しまっていこう」と言ったのは、ベンチに戻ってきたSマネジャーだった。一方、千葉連合はこのワンナウトで勝ちを確信し始めていた。最終回を迎えた時よりも。


ところがここから怒涛の大逆転劇となった。打つわ打つわ7連打。バッターが一巡して最初に塁に出たW店長が打った時には8点が入っていた。


 この中には選手宣誓したM店長もいたし、昨年の優勝チームの立役者でこのちょっといい話26話に出てきた広島カープの”男・前田”の大ファンW店長のタイムリー2点打は、完璧に試合をひっくり返してしまった。


今回は1回戦で負けたが、昨年、優勝チームにいた女性店長と同じ店の女子社員の二人がネット裏で応援のタンバリンをたたいて大喜びだった。


最終回の表で試合は10対6になってしまった。千葉連合は当然、あきらめてはいない。再逆転を胸にバッターを送り出す。守る東京・埼玉連合はピッチャーに女子新入社員のS社員に託す。


 2人に打たれた。ノーアウト、2・3塁の大ピンチ。押せ押せの千葉連合。3人目のバッターの鋭い打球が飛んでいく。3塁線を抜けると誰もが思ったライナー。これを最終回の打線を切り開いたW店長が横っ跳びで捕球。3塁を飛び出していたランナーもアウトのダブルプレー。


 最後の一人の打球もショートを守る”男・前田”店長にがっちり捕られゆっくりとスローモーションのようにファーストに投げられゲームセット。 S監督も、”男・前田”店長も「連覇だ!」「連覇だ!」と叫んだ。それを見ていた、去年、優勝の「き・あ・いだ!」監督はニヤッと笑って球場をあとにした。

2007年07月15日

白湯にも”湯加減”

 人はやむなく病(やまい)になることがあるのですが、食後に飲む薬を持参され、お食事をされるお客様もいらっしゃいます。


フロアー担当のベテランのパートさんから聞いた話です。


フロアーを回っていると、お食事が済んだお客様のテーブルに病院のお薬の袋がのせられてあったり、あるいは薬のパッケージが置かれていたりすることがあります。


そのことに気づいたら、彼女は食後を見計らって、お薬の飲み水をお持ちするようにしています。


 昔から、お薬と言えば、白湯(さゆ/広辞苑には「何もまぜない湯」とありました)で飲むこと、と言われておりますが、これが季節によっては、暑い季節には、ぬる目の白湯より、夏の水道水くらいの水温が喜ばれることもある、とのことです。


でも、絶対に冷たすぎないことです。


そうは言っても、たまたまエアコンがきき過ぎていたりすると、やはり少し温か目の白湯のほうが喜ばれたりします。


白湯の基本の飲み頃はあくまでも、燗酒(かんざけ)でいえば、人肌(ひとはだ)、ぬる燗の温度です。特に、顆粒状の薬は、ぬるま湯で飲むように、と薬剤師から言われた経験がおありかと思います。


 要はお客様の立場になって、五感を働かせ、年齢、体調、室温、お料理は何を召し上がっていらっしゃったかなど、自分なりに得た情報を瞬時に集約し、水温はこれくらいが良いと判断してお持ちして、気持ち良くお薬を飲んでいただけたら、彼女は「ああ生きてきて良かった」と、おおげさではなく、心の中がうきうきするくらいだと言います。


"人の役に立つことをしている"と思える瞬間ほど、人は何にも代えがたい喜びがあるのだということを、彼女の話から伝わってきました。


白湯にも湯加減あり、です。

2007年07月22日

それなりの理由

 鬱陶(うっとう)しい梅雨空が続いている関東。東北の大学を卒業して、とんでんに入社し2度目の夏を迎えた彼女。


 新入社員導入研修の時にあったお鮨の手握り検定にすっかりはまり、みずからも望んでいたキッチン業務から配属され、変化のあるキッチン作業の毎日にどきどきしながら過ごした。入社半年が過ぎたらフロアーの仕事もシフトに組まれ、洗浄、料理をつくること、接客サービスをすることのフルメニューをこなす最初の1年なんて、あっと言う間のことであった。


 仕事に妥協を許さない店長には良い意味でしっかりしごかれた。出退勤時の心をこめた挨拶、ごめんなさいという詫びる心、ありがとうございますという感謝の言葉を心をこめて言えるようになること、調理技術、接客の技術だけでなく、心も一緒に磨いていくことが大事なんだと何度も言われ、「はい」と返事をしても正直、最初はピンとこなかった。


 しかし、仕事を始めてみると仕事に失敗はつきもので、まして入社1年目は毎日のように失敗があり、それを何かや誰かのせいにせず、まっすぐに「ごめんなさい」というには勇気が必要だったし、仕事は連携プレーの連続でフィニッシュのお客様のお帰りまで「ありがとうございます」の連続でもあった。


 出勤してきた時のあいさつは「今日もよろしくお願い致します」という意味であったし、帰りのあいさつは「今日もいろいろとありがとうございました」というお礼の意味であったということに気づくまでには、後輩の新入社員の面倒を見るようになる1年が必要であった。


 やっぱり、店長ってすごいんだと彼女は思った。自分を指導してくれている店長は本当の年齢より5歳は若く見えたし、お店の上の社宅には職場結婚した美人の奥さんと1歳になる男の子がいて、自分もいつか結婚してあんなふうに素敵な夫婦になりたいと思うようになった。


 7月の台風なんて聞いたこともないのに、関東の3連休の最初の2日間
を台風が襲った。


「梅雨と台風か」と店長がお店の玄関に出て空を眺めやって、入社2年目のお客様を待つ彼女に言ったことは、「こんな天気の悪い日でもご来店されるお客様には、それなりの理由(わけ)がある。そしてどうしてもこの店でなければならない理由(わけ)がある。そういうわけありのお客様なのだから、とびっきりの笑顔でお迎えし、気持ち良くお席にご案内して、お店の誰もが自分の仕事に自分でも感動できるくらい、ひとつひとつに心をこめた料理とサービスでおもてなしをしよう」と。

2007年07月29日

オンリーワン

 関東は久しぶりに晴れた。札幌の専門学校を出て埼玉の店舗に配属された彼女。この夏で21歳になる。関東の梅雨はじめじめしていやなものらしいよ~、とか、夏は暑いよ~とか、さんざん札幌の友達に言われてきたが、さほどでもない、と思った。寮には同期の男性社員もいたし、会えば励まし合うことができた。


「どこまで進んでる?」と彼女は同期の彼に聞く。


「いわし」


「えっ、いわし?」


「そう。いわしの仕込み。思ったより簡単だよ。でも、1ケースにまだ1時間もかかるんだ。うちのパートさんは45分だからね。本当に早いよ。それもきれいな仕事をするんだ」


「ふうん。そうなの。私も頑張るよう」と手を振る。


 同期の存在が気になるのは、どこまで技術レベルが進んでいるかということであった。


 キッチンの仕事をおぼえることから始まっても洗浄、ご飯炊き、茶碗蒸し、いわしや生ほっき貝の仕込み、鮨、鮨ネタの仕込み、巻物、ちらし、刺身、小料理、そして天ぷら、そばなど、何を教えてくれるかはお店の事情や本人の成長度によっても違ってくる。


 洗浄、ご飯炊き、茶碗蒸しがベースにあっても、それ以外の調理業務はどれであっても、言われたら、それに真っ直ぐ取り組むしかない。毎日、違うお客様がご来店され、いろいろなものをご注文されるので、キッチンにいても一日として同じ日はないのである。


 お店のみんなも声を掛けてくれるが、やっぱり、店長から声を掛けられるのが一番元気が出る。なぜって、頼れるお兄さんのようであったからだ。


 仕事をしていると誰かから見つめられているような気がして、目を上げると、店長が自分の手元を厳しい目で見ていることに気づくことがある。


 そういうのって緊張もするけれど、すごく安心できる、と彼女は思っていた。


 勤務時間が終わって、事務所で私服に着替え、たまたま店長が一人でいたので話しかけてみた。というより、やさしく見つめていてくれたから。


「店長、キッチンの仕事と言っても、本当に一杯おぼえることがあるんですね。キッチンに入って4カ月が終わろうとしていますが、教わったどれもこれも今一つって感じで…」


「そんなことないよ。自分では気づかないかもしれないけれど、確実に成長しているよ。ねぎとろをきちんと巻けるし、切り口もきれいだし、でこぼこなく、きちっと盛り付けられている。指示されたとおり、包丁を毎日、研いでから帰るということを守っていることもある。何事も手抜きしないで続けていくと抜きん出てくるもんだよ。あせらずにオンリーワンを一つずつつくっていくことだね」


あぶない、と彼女は思った。こぼれ落ちそうなものがあったから、上を向いて、店長に「ありがとうございます。お先に失礼します」と言って、頭を下げたら事務所のじゅうたんにぶつかったみたいで、ぽたっという音がした。


 店長の声が後ろから聞こえてくる。気づかれたかな、と一瞬思ったが、「お疲れ様。暑くなってきたけど、睡眠はしっかり取るんだよ」と言われもう彼女の目からはあふれ出ていた。うれしかった…店長、おやすみなさい…。

とんでん