
雪のFC
昨年6月に社内関東地区のサッカー好きを集め、とんでんFC(フットボールクラブ)を立ち上げています。
関東の和食レストランとんでんは95店舗。店舗勤務者はふだん別のお店に勤める仲間と会う機会も少ないので、クラブ活動を通して親睦を深めようということはもちろんのことですが、運動不足の解消、足腰の鍛練、とっさの判断力養成、さまざまなストレス発散、さらには今はやりのメタボ対策まで、その”効能”はいくらでも出てくる、と事務局のNマネジャーは試合にのぞむプレーヤーのような不敵な笑みを浮かべつつ、自信を持って現在も部員拡大路線で進めています。
真夏から秋にかけ、月1回の練習を重ね、社内対抗試合も何度か消化してきた「とんでんFC」が冬に入って初めてのフットサル対外試合のチャンスを得ました。
競技場はいつもの埼京線・武蔵浦和に近いクーバーフットボールパーク武蔵浦和。このコート管理者の仲介で対外試合が実現しました。
試合は1月23日のこと。今年の関東は寒く、雪も何度か降っておりますが、この日も朝から雪となりました。
対戦相手は車のディーラー会社さんA・Bの2チーム、迎え撃つ我らがとんでんからは3チーム参戦。
この日の競技チーム名は、①「ただーず」(7名)、②「みずのーず」(7名)、③「おくのーず」(11名)。
「 ただーず」、「みずのーず」はサッカー経験者中心で固め優勝を狙う。「おくのーず」は数名を除き、ほぼ未経験者チームで、ある意味、恐いもの知らず軍団。
朝早くから降りしきる雪に、北海道、東北出身者が多い我らとんでん3チームは、これは有利かも?と勝手に決め込む。勝てる望みであれば、雪でも雨でもどんな悪コンデションでも味方になってくれれば、大歓迎のチームなのです。
1%のチャンスでも、勝ってやろう!というのがとんでん魂なのです。
試合は総当たりリーグ戦で、初戦は、「ただーず」対ディーラーさんA。ディーラーさんのA・Bチームともに攻め手が早く、タテにどんどん斬り込んでくるタイプで、スピード感あふれるサッカーでした。
それに食らいついていった「ただーず」は初戦を2-1の接戦でものにしました。すごい! やったー、やったーの大喚声で盛り上がりました。幸先よいスタートでした。
その後の試合は善戦につぐ善戦で、優勝は僅差でディーラーさんA。さすがに毎週活動している差(うまさ)を感じさせられました。
2位に、我らが「みずのーず」。初戦を勝った「ただーず」は息切れしたか、4位。さすが、未経験者が多かった「おくのーず」は安全第一を貫き4戦全敗、無得点で最下位。そんなの関係ない~と言ったかどうかは別にして、フットボールの楽しさを”雪戦”の中、十分に堪能したことだけは確かなようです。
この日、特に目立った選手は、初参加の30歳ルーキー、K店・W社員。名門・帝京高校サッカー部出身の経歴はだてではありませんでした。また、紅一点のM店・K社員は大学女子サッカー部ゴールキーパー経験者で好プレーを随所に披露、今大会MIPに選ばれました。拍手~!
水たまりに降り積むひとひらの雪でさえ小さな波紋の輪をひろげるように、この日の参加者は対外試合という緊張感を味わいながらも、フットボールを媒介に社内外に広がっていく交流という波紋の輪の大きさに、きっと驚きをまじえた感動をおぼえたにちがいありません。

北の魚料理
北海道では2月5日から11日まで第59回さっぽろ雪まつりが開催されていますけれど、関東で勤務するとんでんの社員は北海道出身者が多く寒い冬は特に北海道の魚料理が恋しくなるようです。
まずはグロテスクな顔の大きな鰍(かじか/カサゴ目ケムシカジカ)。 冬の魚売場に30センチはある鰍が並べられます。今はぶつ切りされ、スーパーでパックになって売られています。身はぷりっとした歯ざわり、狙いはオレンジ色の肝。あん肝よりやわらかく甘い。量が少ないから取り合いになりました。味の素ならぬ子供のころのケンカの素でした。
50年前、自宅近くの石狩川(旭川市)で川遊びをしながら、釣り糸のテグスに針を何本も付け、みみずをえさに川に沈めて置くと、10センチくらいの川の鰍がたくさん釣れました。水中メガネをつけ、三つまたのヤスで石に同化している鰍を突くのも楽しみでした。
子供のころの夏の川原では、必ずと言っていいほどグループで焚き火をやっていて、釣った鰍や突いた鰍を柳の枝に刺して焼いて食べたものです。今の子供たちはきっとこんなことはしていないでしょうが…。
次にカスベ(エイの仲間)。煮付けは翌朝がおいしい。盛られた皿の上でコラーゲンたっぷりの煮こごりがぷるぷる揺れる。煮こごりをあたたかいご飯の上にのせると、みるみる溶けていく。それを口にほおばり、はふはふ言いながら食べる。うまい。カスベは身もやわらかく骨ごと軟骨を口の中でこりこり言わせながら食べます。カスベは食感も楽しいのです。
カスベ料理は昔からの北海道の家庭料理でもありましたが、1月29日から北海道地区のとんでんのお店では、煮付け、唐揚げ、それらをセットにしたお膳料理がメニューに入っています。
魚の煮付けと言えば、キンキ、カレイが日替わりでお膳にのりました。キンキは今のように手の届かない値段ではありませんでしたから、冬の脂のあるキンキは煮汁にぎらぎら脂が浮いていました。きれいに身を食べ尽くしたら、目玉をくりっと抜いてほおばり、舌でころころころがして、甘いコラーゲンをすすり飲みます。そして最後に5ミリくらいの真っ白い目玉を皿にぷっと吐き出すのです。
カレイもすべて身を食べたあとは残された骨にお湯をかけて、さらに身をこそげ取って食べ、最後にお湯割りの煮汁を飲んでおしまいにします。これもおいしかったなあ。
焼いたホッケの脂のある骨も身からはがして、しゃぶって食べましたし骨も時にはよく噛んで飲み込みました。カルシウムは背が伸びるぞって。
次に飯寿司(いずし)。昔は鰰(はたはた)だけでしたが、鮭、ホッケ、ニシンの飯寿司も今は普通に販売されています。子供のころは大しておいしいと思いませんでした。父親が酒の肴にして飲んでいましたが、自分が大人になって冬の酒の肴にした飯寿司のうまさに、うなったものです。
冬の漬物と言えばニシン漬け。母親に言い付けられて外の物置から凍ったニシン漬けを素手でかき出して、どんぶり一杯に盛ってきてお膳(丸いちゃぶ台)に置きます。凍ったニシン漬けも、あたたかい飯にはこたえられません。われ先に手を伸ばすと、どの手も外遊びでつくったシモヤケ、アカギレの手で、朝ご飯はニシン漬けだけがおかずだったりしました。
ニシン漬けのざっくり切られた大根、キャベツ、身欠きニシン、それに漬け汁の凍った固まりを好みのまま口の中に放り込み、熱い飯を一緒にして、しゃりしゃりと噛むのです。口の中がひゃっこくなりますけれど、その食卓の横では、石炭ストーブがぼんぼん音を立てるように燃えていましたから、かえって気持ちが良いのです。
子供のころは外で遊んでいて、のどが渇けば屋根から下がっていた氷柱(つらら)だって、ほお張りました。もちろん、新雪も。
最後の魚は真だら。身の淡泊さ、小骨を引っかける心配もなく、鱈ちり鍋は子供たちが安心して、それこそ、たら腹食べることができました。値段も一番安かったですから。
真だらの子がおいしい。北海道では、オスの白子を”たち”と呼び、週に何度か味噌仕立ての汁、醤油仕立ての汁が朝夕、出ました。もちろん、お代わりのラッシュです。北海道の子供のころの汁物は小鍋でつくりません。最低でも1人2杯は用意します。豚汁なんて3杯は用意しないと、みんなから、今で言うブーブーコールです。
子供のころの北海道のたち(白子)料理は、汁物だけでしたが、私どもとんでんでも今、「旬鮮市場」と銘打って、ポン酢、天ぷら、陶板焼きで白子(たち)料理のバリエーションを楽しめます。
真だらのメスのたら子は大きく、表面は黒い皮をかぶっており、大きいものだとボクシングのグローブを思わせました。この料理でおいしいのは突いたこんにゃくと甘じょっぱく煮た物です。煮たら子のこんにゃく和えのようなものです。
これも熱いご飯の上にのせて食べます。小さな粒子になってしまった鱈子を吸い込むようにして食べるものですから、時々、気管に入って咳き込んだりします。互いに顔を見合ってけらけら笑いながら食べるのです。
つくづく、子供の頃の北海道の冬にはおいしい魚料理があったなあ、と郷愁を伴いながら、サメやアンコウと言った食文化の違う魚が並ぶ関東の魚売場を見ることがあります。
注:リンク先はとんでんとは関係ありません。
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