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ちょっといい話
2009年03月 の記事
2009年03月03日

もうすぐ桜

 関東の桜並木を毎日眺めていて、まだ花は咲いていませんが、心なしかピンク色に霞み始めているように思えます。


 以前も書きましたが、筆者は北海道旭川に高校までいました。父の弟はまだ元気で旭川窯の窯元、陶芸家として毎日、土と火と格闘しているようです。もともとは食料品雑貨商の2代目で、今は叔父の息子夫婦が3代目で継承しています。


 私は小さいころから、そのお店に行ってはお店のお手伝いをしました。小学校、中学校、高校の夏休み、冬休み、春休みもほとんど叔父のお店に泊まり込みで行きました。近所のお屋敷に御用聞きに伺って、御用かごに積んで自転車で配達するということもしました。


 鉄工所の社長宅はシェパードを飼っていて、吠えられ、いつもこわごわ配達に行ったものです。


 大人の男達を相手に、立ち飲みの清酒、合成酒、焼酎のもっきり(盛り切り)もコップに注いであげることもしました。焼酎の梅割りなども上手に注げました。味噌、醤油、砂糖、塩、駄菓子は計り売りで、おまけしてあげるのも商売のこつでした。お盆の子供相手のくじ付きお菓子などは私が問屋に行って仕入れてきたこともあります。


 手伝いに行って、何が楽しみかというと、食事をおなかいっぱい食べられたり、おやつのお菓子もいろいろと食べることができましたし、働きに応じてお小遣いも、はずんでくれました。


 叔父は変わり者で、お店の経営は奥さん任せで、若いころからピアノを弾いたり、ヴァイオリンを弾いたり、録音テープデッキや8ミリカメラ、最先端のものを次々に購入しては楽しんでいました。


 川釣り、海釣りも好きで何度もヤマメ釣りや留萌、増毛海岸の海釣りにも連れて行ってくれました。


 刺し網漁も大好きで郊外の沼に出掛けて行っては網を張り、ウグイや鮒、鯉を捕獲して、ウグイは焼いて干して煮干し代わりにしたり、鮒、鯉は自分でつくった自宅の池に放しました。


 どういう理由だったかはわかりませんが、最後にたどり着いたのが陶芸でこれはもう40年以上続けています。札幌、東京のデパートで個展を開いたこともあり、海外の賞も受賞しています。


 今は奥さんも手伝って、二人して土をひねり、壷や茶碗だけでなく、ふくろうなども焼いているようです。


 その叔父はよく旅行にも連れて行ってくれました。一番遠かったのは夏のサロマ湖だったように記憶しています。


 40年以上も前の話ですから今はどうなのかわかりませんが、サロマ湖に着いて、叔父も私もパンツ一枚になって、サロマ湖に入っていき、足で水底をさぐり、天然のほたて貝を採りました。


 それを湖岸で焚き火をたき、すぐさま焼いて食べました。今では考えられないぜいたくであったように思います。


 今、関東の和食レストランとんでん・きろろ庵では、北海道オホーツク海、野付半島の活ほたて貝が空輸で直送され、そのメニューをお楽しみいただけます。また、北海道の和食レストランとんでんでは旬の生やりいかメニューをお楽しみいただけます。


 そして、季節の桜そばメニューを関東、北海道の全店で召し上がることができます。


 桜そばの製造担当は恵庭工場のKマネジャーです。彼はかつて、別の会社にいて、札幌のインストア・ベーカリーでパンをつくっていました。いわゆるパン職人です。その彼が、今はそばをつくっています。人生というのは本当におもしろいものです。そばではありませんが、まっすぐ生きていれば良いこともある…。


どうぞ、とんでんの季節メニューもお楽しみください。

sakura.png

2009年03月10日

仕事は足で探せ

 関東の桜のつぼみが大きくふくらんできた3月なかばのこと。


 4月になれば入社3年目になる女性社員。およそ2年のキッチン業務から一転して、新入社員が配属される前にフロアー業務をおぼえるようにと、店長から指示を受けた。


「明日から2週間で、ですか?」と彼女は店長に聞いてみた。目をまん丸にして。


「そう、2週間で。2年間、キッチンをやっていたから、メニューはすべて知っているし、キッチンからステーションでの料理のセットの仕方や、フロアー業務だって、何も見たことがないなんて言わないはず。それに君の指導は私がするから、何も心配をする必要はない」と店長。


「そうですか。それならば安心です」と彼女。少しほほえんだ。


「安心だろうけれど、私は厳しいぞ」と店長は本当に厳しい顔をする。


「店長が厳しいのはキッチンにいても同じです」と返す彼女。


「そうか」と言って店長は笑った。


「要はね、北海道の短大卒の女性社員が導入研修を終えて4月1日の入社式に出て4月4日の土曜日が初出勤だ。そのお姉さん役を君にやってもらいたいんだ」


「そういうことですか。来たばかりの新入社員に、私もまだフロアー業務は20日ほどよ、一緒に頑張りましょう、と言えばよいのですね」


「そう。ほんとにものわかりが早い。頼むよ、お姉さん」


「承知しました」と彼女もほほえんだ。そして、みるみるうちに、きりっとした顔になって、やる気になったようだ。


 人はなすべきこと、果たすべき使命がわかれば、そこへ黙っていても向かっていくものだと店長3年目の彼は思う。店舗運営に余裕も出てきて、そのことは先輩店長から教えられたことだと、本当にそうだな、と気が付くことが多くなった。


 そして翌日から、フロアーで、きびきびと動き回る彼女の姿があった。


 店長から「仕事は足で探せ」と言われていたからだ。


 その名言は、店長が新入社員の時から何度も何度も、かつて鬼のG営業部長が店長だった時に、部下として直接聞いていた。

「止まるな。歩け」ということも。今も恐いけど、ほんとにあのころ、恐かったなと、くすりと笑った。


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