節分が近づくと、「おにはそと~」「ふくはうち~」と小さいころ、鬼役の父親に豆をぶつけたことをいつまでも忘れないでいる16歳の彼女は高校1年生。高校3年の兄と一緒に同じとんでんの店でアルバイトをしている。兄はキッチンで天ぷらラインを担当し、揚げ物の腕は、店長だけでなく、お客様からもおほめの葉書が届くほどあった。

 妹はフロアーで下げ膳を担当して手早く片付け、次のお客様をできるだけお待たせしないように気働きができて、フロアーのパートさんから頼りにされるようになっていた。

 もうすぐ兄は受験。父親は5年前にリストラで退職を余儀なくされ、40代という年齢で新しい職になかなか就けなくて、東北の実家に戻って農家の手伝いをしている。実家の老いた両親は彼を歓迎してくれた。慣れて行くうちに両親は「家族ごと来ないか?」とも言ってくれた。

 母親は結婚前に勤めていた保険会社の事務に嘱託で復活できて、何とか生活はできている。父親も農閑期は土木関係の日雇い仕事があれば、出るようにして、その稼いだお金の中から数万円でも送金してきた。  その父親から最近、「新しく野菜の温室栽培を始める」という連絡があり、「1年中、安定した収入を得られるように、みんなを呼べるようにしたい」と本格的に農業従事に力を入れていく計画を手紙で書き送ってきた。

 それを読んで、母親は体もきゃしゃだったし、自分が農業を手伝えるかどうか、不安に思っていた。今の仕事で何とか子供たちを社会人になるまで育てあげたい、という気持ちが強くなっていた。

 子供たちも今の学校に愛着があり、自分たちなりに進学目標も決めている。兄の目標は英語が好きで経済学部に進み、父親が〃退場〃させられた商社に入って海外を飛び歩くことだった。父のリベンジだ、という気持ちもあった。妹は保育関係に進みたかった。

 農業に活路を見いだそうとする父親の思いを、別れて暮らす母子は複雑な思いで受け止めていた。  今年の節分の日は土曜日であった。妹は冬休みのアルバイトでいつもより多く給料をいただいていたから、お店で販売している「恵方巻」を3本予約していた。

 節分の日の朝、妹は母親と兄に「神社に行ってお兄ちゃんの合格祈願をしようよ」と提案して近くにある神社に昼の1時に集合することにした。

 神社に集まった3人はそろって並び、お賽銭を投げ入れ、手を合わせて合格祈願をした。それが終わったところで、妹は恵方巻を母と兄に渡し、「今年の恵方は北北西、お父さんがいる方よ。黙って食べるのよ」と言った。

 母親は、ほろっときていたが、黙って、恵方巻を食べながら、(子供たちの成長を感謝しています。私、お父さんに会いに行きます)と祈った。

 兄は(いつか、みんなでまた暮らせますように)と祈った。

 妹は(お母さん頑張れ! お父さんも頑張れ! お兄ちゃん、絶対絶対、合格!)と祈った。

(世界の中心に愛がある、ということを信じている孤独な編集長より)