ひな祭りソングの「あかりをつけましょ ぼんぼりに」で始まる歌の題名は『うれしいひな祭り』で、山野三郎作詞となっています。山野三郎は詩人サトウハチローさんの変名の一つと言われています。クリスマスソングの「ジングルベルジングルベル すずがなる」という歌の作詞者は、埼玉県羽生市に在住していた詩人・宮澤章二さんが作詞したもので、詩人が広く大衆に歌われる歌をつくっていたのでした。

 とんでんでは社員の昇進過程の中で、新入社員で店舗に配属され、数年経って異動で他の店に移り、そこでチーフになって、また、別の店に店長で最初に配属された店舗に戻るということもあります。

 3月1日の定期異動で、最初に配属された店舗に6年振りに店長で戻ってきた彼。8年前、共に仕事をしていたキッチン、フロアーのパートさんはすっかりベテランの域(いき)に入っていて、懐かしさもあったが、「立派になって戻ってきたね。うれしい」とほめてくれて、照れくさかった。

 店長として3日目、ひな祭りの日。この日は、たまたま土曜日で、ランチは小さいお子様たちを連れたご家族が多く来店された。

 ランチのピークは満席でごった返し、ウエーティングルームで待つお客様もあふれるほどでした。店長もフロアーで指揮を取りながらも接客サービスのフォローをこまごまとおこなっていた。

 ピンポーン、とお客様がお呼びの合図音が鳴った。フロアーにはたまたま誰もいなく、店長が「はい。ただ今、お伺い致します」とテーブルに行くと、「お水をください」とお子様のグラスを持ってお願いされた。

 2~3歳の女のお子様が可愛い着物姿で、エプロンをして、おじいちゃん、おばあちゃんもご一緒に楽しそうに三世代でお食事をされていた。  お子様の口のまわりや手を拭いたのか、おしぼりが汚れていた。グラスも汚れていたので店長はウォーターステーションに戻り、お子様のお水だけでなく、新しくお茶もいれて持って行き、すべて取り替えて差し上げた。そして、「おしぼりもお取り替えします」と言って取り替えて、「ごゆっくり、どうぞ」とお客様の目を見た途端、若い奥様が「店長さんは前にこの店にいましたよね」と声を掛けてきた。

「はい、8年前、新入社員でこの店に配属され、2年間おりました」と店長。

「おかあさん、やっぱり、そうだったでしょう」と、若い奥様はおばあちゃんの顔を見て、にっこりほほ笑んだ。

「店長さんになったんだ。おめでとう」と言ってくださったのはおじいちゃんだった。彼はめまいがするほど猛スピードで過去をさかのぼってみた。そして思い出し、「あの時のお客様でいらっしゃいますね。その節は大変ご迷惑をお掛けしました」と、改めて深々と頭を下げた。

 彼が初めて、フロアーに出て、お食事をワゴンでお席に運び、いざテーブルに載せようとしたものの緊張のあまり手をすべらせ、お盆に載っている料理を全部落としてしまい、お客様の洋服まで汚してしまったことをまざまざと思い出した。

 当時の店長も平謝りで対応し、彼がおろおろしていると「落ち着きなさい。私は大丈夫だから」と、やさしく声を掛けてくれたのはあれから7年過ぎておじいちゃんになっている方でした。あの日、お帰りになる際も、謝罪する彼に「大丈夫だよ。がんばんなさい」と励ましてくれたことがあったのでした。

「あの時、私もいたのよ」と若い奥様。「まだ独身でしたけどね。店長さんは、結婚は?」

「はい。私もお陰様で結婚致しました。今日か明日にも子供が生まれそうなのです」

「あら、おめでとうございます」と若い奥様とおばあちゃんの声がご一緒でした。

 店長は、ほほ笑みいっぱいに「ごゆっくりどうぞ。本当にあの節は、励みになりました」とお礼を述べて下がった。

 その日のディナーでは、見覚えのある三姉妹のお客様がご家族一緒に10名様で来店され、店長の彼が気づいた。フロアー係がご案内のあと、お席に行って「いらっしゃいませ。お久し振りでございます。この度、店長で戻って参りました。どうぞ、よろしくお願い致します」としっかり挨拶をした。

「本当にお久し振りね。おぼえていてくださってうれしいわ。3月3日は私達姉妹、必ず、ここで食事をすることに決めているのよ。あの頃は3人だけの食事だったけれど、今はごらんのように家族も増えました」と長女と思われるお客様。

「ありがとうございます。お変わりございませんね」 「はい。ありがとう。私達、上のふたりは結婚したけれど、末の妹がまだなの。店長さんは、ご結婚は?」

 今日、二度目のご質問でした。 「今日か明日にも子供が生まれそうなのです」

「あら、それは残念、じゃなくて、おめでとうございます、ですね」とお3人様、一瞬笑い声が大きくなりましたが、口をおさえて、皆様、あとは小声で「よろしく。頑張って」とおっしゃっていただけました。

 再び、店長の彼がフロアーをすべて見渡せる位置に戻り、フロアー全体を見回していると、ピンポーンと鳴った。「はい。ただ今、お伺い致します」とお席に向かっていく通路でお帰りになるお客様と交差する。「ありがとうございました」とお辞儀をして、気づくと、抱っこされたお子さんとお母さんが小さな声で歌っていた。「お花をあげましょ 桃の花 五人ばやしの笛太鼓 今日はたのしいひな祭り~」と歌いながら出口へと遠去かっていく。ほのぼのとした絵本のような母子の姿をお見送りした。

 その夜、彼は店から真っ直ぐ、奥さんが入院する産科を訪ねた。そして、真夜中から初めての出産に立ち合い、奥さんの手を握りながら、「がんばれ」「がんばれ」と励ましつづけ、朝方、元気な女の子の産声(うぶごえ)を聞いた。

(世界の中心に愛がある、ということを信じている孤独な編集長より)