何かいつもと雰囲気が違う。1週間の新入社員導入研修をへて、4月1日から店舗に配属になり、1カ月が過ぎたゴールデンウイークを迎えた彼。

 つい先日の4月より明らかにシフトが朝から厚めになっていることが感じられたし、誰もが無言で自分の担当する仕事に向かっている。

 彼は多めの野菜を洗って、ランチのサラダを仕込んでいて、いつもより手が早く動いていることがわかる。それはみんなの時計の針の動きと合わせているからだ。

 彼の”共育”担当のパートさんと、ちらっと目が合った。とんでんでは教育を共育という言葉に替えている。教え育てるというよりも、さらにそれを深め、共に育つという考え方に立っているからだ。

「慣れてきたわね。動きはいいわ。その調子。でも、早いということと雑でも良いということにはならないの。野菜はよく見て洗わなければ、泥や小石、それに虫もついているかもしれない。いたんでいるところは取り除かなければならない。ただし、それがいつ入荷したものかで、たとえば今日入荷して、いたみがひどければ、すぐに報告すること。何でも仕事にはポイントがあるわ。そのことを一つ一つ身につけていくと、他にも応用できるの。はい、手は休めない。よく見る」

 彼は、一瞬、ぼうぜんとしていた。高校生のお子さんがいるというパートさんの言葉に少しの無駄もなかったからだ。

 オーダーの入り具合からお客様のご来店の早さが伝わってくる。午前11時をすぎると、さらにそのことが伝わってくる。11時半以降はまさに津波のように大きな波になっていく予感をさせられる。みんなの時計の針の動きはさらに早まっていく。

「さあ、お鮨を手伝ってもらうわよ」と声がかかる。共育担当のパートさんは手際よくお鮨の手握りをしながら、バレーボールの選手のように、目で合図を送ってくる。彼はまるで手術室の助手のように、鮨皿、ガリ、軍艦海苔、バラン、ネタの出具合いを見ながら必要なものを補充していく。

 しかも仕事がしやすいように並べる工夫をする。彼女の目を見ているとそれが満足しているかどうか、何に反応すれば良いかがわかる。

 1カ月たつうちに、お互いの気持ちがどんどんわかり合っていく。

「お鮨を握って」と声が掛かる。うむを言わさない強さがある。

「あわてない。急がなくて良いから、きれいな仕事をして」

「はい」と彼は言って、気持ちをふるい立たせ、お鮨を握る。

「いいわよ。その調子。最後は必ずお鮨の皿、全体を見ること。自分でオーケーできる? ならばよし」

「とんでん(お鮨のメニュー名)できました。お願いします」彼は大きな声で言った。

 ステーションでセットをしているパートさんも、鋭い目をして確認してから「合格。頑張って」と笑顔で言ってくれた。

 そのあとはもう、何が何だか記憶にないくらい、夢中で迫り来るオーダーの津波と戦っていた。

 午後3時になって、事務所に行って休むと、「お疲れ様。よく頑張ったわ。ディナーもすごいわよ。おなか、すいたでしょ。ご飯、食べよう」と共育担当のパートさんが声を掛けてくれた。とんでんでは勤務中の食事は半額で食べることができる。二人で、お鮨のセットメニューを食べた。

「あなたには初めての繁忙期ね。きついでしょ。でも、この時のきつさが、のちのちまで自分の核になっていくの。自分は頑張れるってね。どんな時もよ。私も5年前にあなたと同じように、4月初めころからこのお店に勤めてね、最初の繁忙期はゴールデンウイークだったの。あなたの今日の気持ち、私にはよくわかるわ。私には5度目のゴールデンウイークだけれど、気持ちはいつも変わらない。何があっても弱音を吐かないって気持ち。私はこれを自分のなかでGWスピリッツ、と呼んでいるの」

彼には、今日、2度目の”ぼうぜん”であった。

「休憩が終わったら、次はディナーの準備よ。ネタの仕込み方、教えるわ。忙しいとすべての量が多くなる。何かをおぼえるチャンスはこういう時に訪れるの」

 今日、3度目の”ぼうぜん”…GWスピリッツか…よしっ負けないぞ!と彼は胸の中で大きく叫んだ。

(世界の中心に愛がある、ということを信じている孤独な編集長より)