今日は6月の第3日曜日、父の日。

 5月の子供の日、母の日もそうだが、この6月の父の日、9月の敬老の日といった、家族のお祝いの日や感謝の日には、年々、ご来店のお客様が多くなってきていることを、店長歴15年のベテランの彼は、早いピークを迎えたランチのフロアーを眺め渡しながら感じていた。

 この日のランチは、ご夫婦で中学生くらいまでのお子さんをお二人連れたご家族4名様が多い。むろん、6名様以上の三世代のご家族も多く、この場合はおじいちゃんとお父さんが二人、お祝いをしていただいている。 ご家族連れが多い日は自然、お子さんたちの笑い声がフロアーに響き、楽しそうなお客様が多い。特にお父さんと一緒にいることがお子様たちにとって、とてもうれしいに違いない、と彼は思う。

 彼には8歳の長男と4歳の次男の二人の子供がいた。半年ほど前のことだった。12月のおせち料理販売のめどがつき、暮れの27日が公休だった。 この日は平日だったが、8歳の長男は冬休みに入っていたので、家族を横浜に連れ出すことにした。

 1年分の家族サービスの締めくくりという思いもあって、疲労の溜まった体に鞭打つように、朝、早めに起きて髭を剃り、スカッとした顔で、子供たちを起こし、「今日は横浜に行くぞ!」と宣言した。

 それを聞いた子供たちは跳びはねて起き、パジャマを脱ぎ捨て、「お母さん、服、早く出してよ」とタンスの前で並んでいた。

「ご飯を食べてからにしなさい。よごすから」と、お母さんはキッチンで、朝食のクロワッサンを温め、目玉焼きをつくり、りんごをカットして盛り込んだ皿を手際よくテーブルに並べる。

「顔が先でしょ。顔と手を洗って、口もきちんとゆすぎなさいよ」と、にこにこ顔の子供たちに指示を出しているお母さん。

 お父さんの彼も、新聞を立てて読みながら、家族のみんなには顔が見えないようにして、にやにや笑っていた。

 4人家族がそろって、テーブルに着くと、お母さんは「もう突然なんだから、お母さんだって聞いていなかったんだよ。横浜だって。うれしいね」と子供たちの顔を見ていう。

 4歳の次男が、ミルクをごくり、と音を立てて飲んだ。彼は思う。こんな何でもない家族の食事が幸せなんだな、とほほ笑んだ。

 食事のあとは、映画のフィルムの早回しのように、みんなが手早く着替え、お母さんはお化粧をした。香水も軽く振って、部屋に甘い香りが漂った。

 みんなは待っていた。お父さんも含めて男組の3人は「さあ、いこう」というお母さんの声を。その言葉をお母さんから聞いた時は、男組3人は競馬のゲートが開いたように玄関に殺到した。

 子供たちはるんるんで、電車に乗ってまず、みなとみらいのポケモンセンターヨコハマに行った。

 4歳の次男も8歳の長男も大喜びで、目をきらきらさせて楽しんだ。長男は念願のゲームをダウンロードできてご機嫌だった。

 昼食を済ませ、ビルの外に出ると午後2時を回っていたが、12月の終わりだというのに気温が20度もあり、青空でさわやかだった。

 歩いているうちに遊園地のよこはまコスモワールドを発見した時、ふだんケンカばかりしている兄弟は、この時とばかりに強い絆で結ばれ、「乗り物に乗りたあい」と声をそろえて言う。乗せてくれなきゃ、テコでも動かないという顔をして。

 こうなることは想定内で、彼は用意していた答えを二人の顔をのぞき込むようにして伝える。「2回ならいいよ」

 彼の気持ちとしては、明日からまた、おせち料理の引き渡しという大事な仕事があり、早めに帰って家でゆっくり休みたい気持ちもあった。

 乗り物の年齢制限で、彼と長男、奥さんと次男にわかれた。

「何に乗りたい?」と長男組の彼は、長男のリクエストを聞いてチケットを購入。最初の乗り物の前で「出口で待っているよ」と長男から離れようとすると、「一緒に乗ろう」とせつない表情。

「大丈夫、怖くないよ」と背中を押すように一人で乗せる。下から手を振りながら見ていると、長男も上から笑顔で手を振る。出口で待っていると、元気に降りてきた。

「怖かった?」と聞いたら、「楽しかった」と笑う。「じゃ、次に行こう」と歩き出すと「今度はパパと一緒に乗る。せっかく一緒にきたんだから一緒に乗ろう」と両手で彼の手を強く引っ張って離さない。さっきと同じせつない表情だ。「よし、一緒に乗ろう」と言ったら、長男はうれしくてジャンプ×3。

 彼は、子供たちに乗り物に乗せれば喜ぶということしか考えていなかった。でも、長男は、一緒に乗ることにこだわった。二つ目の乗り物に乗る時には、彼は長男の思いを受け止めながら、二人で乗った。長男は、となりで先ほどの乗り物よりも大声を上げたり、笑ったり。彼も一緒になって笑った。

 4人が合流したあとも、子供たちはもっと遊んでいたかったのだろうが「またね」となだめながら、手をつないで帰りの駅に向かった。

 その夜、子供たちが眠る時間がきて、「おやすみなさい。遊園地に連れて行ってくれてありがとう」と長男。

 子供たちが寝たあと、彼は奥さんに提案した。

「次の休み、子供たちをディズニーランドに連れて行ってやろう」

「次の休みはいつ?」奥さんが彼の顔をのぞくようにして見る。

「1月10日だけど」

「残念でした。8日から学校始まります」

 彼は知らなかった。今日が、冬休みの子供たちと丸一日遊べた最後の日だったのだ。

 彼は思った。土曜、日曜、祝日に仕事をしているのは、私達レストラン業だけでなく、デパート、ホテル、交通機関、遊園地などなど人を楽しませる仕事に就いている人は、この日本におおぜいいる。平日の休みでも、子供たちと遊ぼうと思ったら、冬休み、春休み、夏休みの日々の中で計画的にやれば良い。

 休みの日はゆっくり体を休めたい。やりたいこともたくさんある。けれども、子供たちが小さい時こそ、子供たちとできるだけ多く遊んであげよう。思い出に残る特別な日を1日でも2日でもより多くつくってあげよう。 彼はいくつもの反省をしながらベッドにもぐりこんだ昨年12月のことを思い出していた。

 現実に戻るように、「いらっしゃいませ」と店長の彼は次から次にご来店される、父の日のお客様をお迎えした。お席では、お子様たちがふだん会うことの少ないお父さんの顔を見て安心して、はしゃいでいる。

 良いサービスをしなければ、と彼は司令塔の顔になっていた。