鬱陶(うっとう)しい梅雨空が続いている関東。東北の大学を卒業して、とんでんに入社し2度目の夏を迎えた彼女。

 新入社員導入研修の時にあったお鮨の手握り検定にすっかりはまり、みずからも望んでいたキッチン業務から配属され、変化のあるキッチン作業の毎日にどきどきしながら過ごした。入社半年が過ぎたらフロアーの仕事もシフトに組まれ、洗浄、料理をつくること、接客サービスをすることのフルメニューをこなす最初の1年なんて、あっと言う間のことであった。

 仕事に妥協を許さない店長には良い意味でしっかりしごかれた。出退勤時の心をこめた挨拶、ごめんなさいという詫びる心、ありがとうございますという感謝の言葉を心をこめて言えるようになること、調理技術、接客の技術だけでなく、心も一緒に磨いていくことが大事なんだと何度も言われ、「はい」と返事をしても正直、最初はピンとこなかった。

 しかし、仕事を始めてみると仕事に失敗はつきもので、まして入社1年目は毎日のように失敗があり、それを何かや誰かのせいにせず、まっすぐに「ごめんなさい」というには勇気が必要だったし、仕事は連携プレーの連続でフィニッシュのお客様のお帰りまで「ありがとうございます」の連続でもあった。

 出勤してきた時のあいさつは「今日もよろしくお願い致します」という意味であったし、帰りのあいさつは「今日もいろいろとありがとうございました」というお礼の意味であったということに気づくまでには、後輩の新入社員の面倒を見るようになる1年が必要であった。

 やっぱり、店長ってすごいんだと彼女は思った。自分を指導してくれている店長は本当の年齢より5歳は若く見えたし、お店の上の社宅には職場結婚した美人の奥さんと1歳になる男の子がいて、自分もいつか結婚してあんなふうに素敵な夫婦になりたいと思うようになった。

 7月の台風なんて聞いたこともないのに、関東の3連休の最初の2日間を台風が襲った。

「梅雨と台風か」と店長がお店の玄関に出て空を眺めやって、入社2年目のお客様を待つ彼女に言ったことは、「こんな天気の悪い日でもご来店されるお客様には、それなりの理由(わけ)がある。そしてどうしてもこの店でなければならない理由(わけ)がある。そういうわけありのお客様なのだから、とびっきりの笑顔でお迎えし、気持ち良くお席にご案内して、お店の誰もが自分の仕事に自分でも感動できるくらい、ひとつひとつに心をこめた料理とサービスでおもてなしをしよう」と。