関東は久しぶりに晴れた。札幌の専門学校を出て埼玉の店舗に配属された彼女。この夏で21歳になる。関東の梅雨はじめじめしていやなものらしいよ~、とか、夏は暑いよ~とか、さんざん札幌の友達に言われてきたが、さほどでもない、と思った。寮には同期の男性社員もいたし、会えば励まし合うことができた。

「どこまで進んでる?」と彼女は同期の彼に聞く。

「いわし」

「えっ、いわし?」

「そう。いわしの仕込み。思ったより簡単だよ。でも、1ケースにまだ1時間もかかるんだ。うちのパートさんは45分だからね。本当に早いよ。それもきれいな仕事をするんだ」

「ふうん。そうなの。私も頑張るよう」と手を振る。

 同期の存在が気になるのは、どこまで技術レベルが進んでいるかということであった。

 キッチンの仕事をおぼえることから始まっても洗浄、ご飯炊き、茶碗蒸し、いわしや生ほっき貝の仕込み、鮨、鮨ネタの仕込み、巻物、ちらし、刺身、小料理、そして天ぷら、そばなど、何を教えてくれるかはお店の事情や本人の成長度によっても違ってくる。

 洗浄、ご飯炊き、茶碗蒸しがベースにあっても、それ以外の調理業務はどれであっても、言われたら、それに真っ直ぐ取り組むしかない。毎日、違うお客様がご来店され、いろいろなものをご注文されるので、キッチンにいても一日として同じ日はないのである。

 お店のみんなも声を掛けてくれるが、やっぱり、店長から声を掛けられるのが一番元気が出る。なぜって、頼れるお兄さんのようであったからだ。

 仕事をしていると誰かから見つめられているような気がして、目を上げると、店長が自分の手元を厳しい目で見ていることに気づくことがある。

 そういうのって緊張もするけれど、すごく安心できる、と彼女は思っていた。

 勤務時間が終わって、事務所で私服に着替え、たまたま店長が一人でいたので話しかけてみた。というより、やさしく見つめていてくれたから。

「店長、キッチンの仕事と言っても、本当に一杯おぼえることがあるんですね。キッチンに入って4カ月が終わろうとしていますが、教わったどれもこれも今一つって感じで…」

「そんなことないよ。自分では気づかないかもしれないけれど、確実に成長しているよ。ねぎとろをきちんと巻けるし、切り口もきれいだし、でこぼこなく、きちっと盛り付けられている。指示されたとおり、包丁を毎日、研いでから帰るということを守っていることもある。何事も手抜きしないで続けていくと抜きん出てくるもんだよ。あせらずにオンリーワンを一つずつつくっていくことだね」

あぶない、と彼女は思った。こぼれ落ちそうなものがあったから、上を向いて、店長に「ありがとうございます。お先に失礼します」と言って、頭を下げたら事務所のじゅうたんにぶつかったみたいで、ぽたっという音がした。

 店長の声が後ろから聞こえてくる。気づかれたかな、と一瞬思ったが、「お疲れ様。暑くなってきたけど、睡眠はしっかり取るんだよ」と言われもう彼女の目からはあふれ出ていた。うれしかった…店長、おやすみなさい…。