7月に入り、サルスベリの花が咲き始めました。ピンクで「夏のお嬢さん」を思わせる華やかな花です。  この春、女子短大を卒業して某企業の事務系に就職したQさん。先輩社員と合わず、前の会社を辞めて、「近所のお姉さん」として親しくしていたZさんに相談していたら、「会社を辞めて自宅にこもっていたら病気になっちゃうわよ。しばらく、うちのお店で働いてみない?店長にお願いしてみるから」と助言されて、この7月からディナータイムにパートさんとしてフロアーに立ち始めたQさん。

先輩のZさんも同じような経験を2年前に持つが、Qさんと違うのは年明け、結婚予定で、そのあと赤ちゃんも生まれる予定。 Qさんは、接客の仕事がお料理を出せば済む、ということだけではないとは思っていたが、実際にフロアーに出る前の教育の深さにも驚いたし、でも、そのお陰で知らなかった世界に対する興味も覚え、やさしい仕事ではないと思えたので逆に、やってみよう、と日が経つにつれ真剣になっていった。

 初めてフロアーに出る時、先輩のZさんから最初に言われたのは「肩の力を抜いて。肩の力を抜かなきゃ、自分では笑顔と思っても、その笑顔も怖い顔にしかならないわよ」と、ほほ笑みながら言われた。 「はい。わかりました」と、Qさんは明るく返事をしてフロアーに出て行ったものだ。

それから、数日して、Qさんが気が付いたことだが、ときどき、Zさんがお客様から見えないステーションに戻ってきたら、ポケットから小さなメモ帳を出して、何かを書き込んでいることであった。  ある日、Qさんは思い切って、何を書いているのか、聞いてみた。するとZさんから返ってきた答えは、「新しい発見」。「今日はね、30卓のお客様に妹さんがいらっしゃるということ」。 Qさんは言葉に出さなかった、いや出せなかったが、心の中で思ったことは「すごい」ということだった。 「いつか、私のメモを見せてあげるわね」とZさんは言った。 「そうなのか…」とQさんはひとり納得するものがあった。

 今日、Qさんはお客様がお食事の済んだころ、お席にお伺いし、「お食事はお済みでしょうか」と確認したうえで、下げ膳をしてからお茶サービスをおこない、「ただ今、私共とんでんではテレビドラマ〃北の国から〃で有名な北海道富良野、そして千歳空港に近い追分町を生産地とします北海道メロンをご用意しています。今が旬のとてもおいしいメロンです。いかがでしょうか」と思い切って、初めてのおすすめをおこなってみた。 Qさんが自分なりに考えたメロン・メニューのおすすめの言葉で、少しどきどきしていたが、Zさんの「肩の力を抜いて」という魔法の言葉を思い出しながら、やさしいほほ笑みも添えて。  「北海道のメロンがあるの? おいしいの?」とお客様。 「はい。とてもおいしいです。私も、昨日、いただきましたので、自信を持っておすすめします」とQさん。 「そう。じゃあ。いただくわ。人数分お願いね」  「ありがとうございます。北海道メロンを4つでございますね」  「そう。お願いね」とお客様もうれしそうにご注文された。

 Qさんは、離れて見ていた先輩のZさんに、笑顔だけで「できたわ」という思いを伝えた。先輩のZさんも、ほほ笑み返しで「最高!」と言ってくれているように思えた。 Qさんはポケットに入れてあるメモ帳を、ユニフォームの上から確認するように触れながら、「今日は七夕、とても良いお客様に巡り合えて幸せ」と書こうと、ステーションに入って行った。