関東の桜のつぼみが大きくふくらんできた3月なかばのこと。  4月になれば入社3年目になる女性社員。およそ2年のキッチン業務から一転して、新入社員が配属される前にフロアー業務をおぼえるようにと、店長から指示を受けた。 「明日から2週間で、ですか?」と彼女は店長に聞いてみた。目をまん丸にして。 「そう、2週間で。2年間、キッチンをやっていたから、メニューはすべて知っているし、キッチンからステーションでの料理のセットの仕方や、フロアー業務だって、何も見たことがないなんて言わないはず。それに君の指導は私がするから、何も心配をする必要はない」と店長。 「そうですか。それならば安心です」と彼女。少しほほえんだ。 「安心だろうけれど、私は厳しいぞ」と店長は本当に厳しい顔をする。 「店長が厳しいのはキッチンにいても同じです」と返す彼女。 「そうか」と言って店長は笑った。 「要はね、北海道の短大卒の女性社員が導入研修を終えて4月1日の入社式に出て4月4日の土曜日が初出勤だ。そのお姉さん役を君にやってもらいたいんだ」 「そういうことですか。来たばかりの新入社員に、私もまだフロアー業務は20日ほどよ、一緒に頑張りましょう、と言えばよいのですね」 「そう。ほんとにものわかりが早い。頼むよ、お姉さん」 「承知しました」と彼女もほほえんだ。そして、みるみるうちに、きりっとした顔になって、やる気になったようだ。  人はなすべきこと、果たすべき使命がわかれば、そこへ黙っていても向かっていくものだと店長3年目の彼は思う。店舗運営に余裕も出てきて、そのことは先輩店長から教えられたことだと、本当にそうだな、と気が付くことが多くなった。  そして翌日から、フロアーで、きびきびと動き回る彼女の姿があった。  店長から「仕事は足で探せ」と言われていたからだ。  その名言は、店長が新入社員の時から何度も何度も、かつて鬼のG営業部長が店長だった時に、部下として直接聞いていた。 「止まるな。歩け」ということも。今も恐いけど、ほんとにあのころ、恐かったなと、くすりと笑った。