北海道から妻子を連れて関東に転勤してきたチーフ。勤務歴は10年を越えている。  元日、早番で勤務を終え、社宅に帰って「只今」とドアを開けると小さな彼の娘が飛んで来た。 「パパ、お帰り」と飛びつく。「ああ只今」と抱き上げて、ほほずりをする。「ママ、これから神社にお参りに行こう」と彼。 「ほんとに?」と彼の妻。目を丸くしている。 「ああ行こう。風邪ひかさないようにたくさん着せてくれ。関東の風は冷たいからな」と彼はまた、娘をぎゅっと抱き締めた。 「どうしたのパパ?」と少し怪訝(けげん)に思いつつも、家族そろって出掛けることに彼の妻もうれしそうな目になっている。 「うん。ママ、俺、店長になる」 「えっ、パパ、店長に?」 「なる。お前達を関東に連れてきて、いつまでも万年チーフというわけにはいかないだろう。経済は厳しいが会社は出店に力を入れている。チャンスを自分でつくるために、俺は店長になることを誓うことにした。家族そろって、神様の前で誓うことにしたんだ。だから行こう。神社に」 「パパ、店長さんになるの?」と抱かれたままの小さな娘が聞く。 「なるとも。絶対になってやる。俺も30歳だ。札幌の親にも喜んでもらいたい。北海道から何人も転勤して来て何人も店長になっている。俺になれない理由はない。一生懸命、目の色変えて仕事をやる。お前達も協力してくれ。キッチンとフロアーの仕事ができるだけでなく、店長になるための勉強も必要だ。勤務時間の前や、勤務後に店長からいろいろと教えてもらったり、自分でも足りない部分をおぎなう時間が必要だ」 「わかったよ、パパ。協力するよねえ。すごいね。パパ」  抱かれたままの娘も「うん。キョウリョク、キョウリョク」とはしゃぐようにからだを動かす。「おいおい落ちるぞ」と彼。「さあ行くぞ」と、妻と娘に外出の用意をさせた。  それから、1週間が経った1月8日。新メニューの「ひらめ」のメニュー開始の朝。お店にシフトより早めに出て、キッチンでの「ひらめ」の仕込みを一緒におこない、「ひらめ」のさばき方を確認する。  特に「ひらめ」の「えんがわ」をいかに上手に切り取るか、ということに神経を使い、調理担当のパートさんとも確認し合った。  キッチンで仕込みが終わったら、フロアーの朝礼に出て、毎月の店舗業績表彰でトップクラスをつづける店長からの言葉を聞く。 「おはようございます。本日から新メニューが始まります。ひらめメニューと、真だらメニューです。真だらメニューは昨年もおこなっているので特に問題はないと思いますが、ひらめメニューは今回が初めてです。  とんでんの強みは鮮魚です。しかも、ひらめは高級魚です。とんでんのお客様の90%は常連様です。その常連様に喜んでいただける価格で提供します。経済は厳しいですが、その中でお客様はお店をしっかり選択してご来店されます。キッチンもフロアーも連係プレーで良い商品を提供してください」  チーフ、何かあるか? と店長からうながされ、彼は「はい」と言って話す。 「おはようございます。今、店長からお話がありましたように、ひらめの〃えんがわ〃と、あら汁は限定メニューとなりますので、キッチンはこまめにフロアーに情報を流してください。  ひらめの旬は冬です。今がひらめの一番おいしい時季です。高級白身魚で、うま味成分のイノシン酸やグルタミン酸が含まれているので淡白ですが、うま味が濃いのです。高タンパク、低カロリーでダイエットに良いメニューでもあります。また、えんがわにはコラーゲンが豊富に含まれています。以上、よろしくお願い致します」  チーフは自分なりに調べたことを話した。  店長は、ちらりとチーフを見た。「やる気だな」とチーフが聞こえるか聞こえない程度の声をもらしたあと、「チーフが話したことも参考にしてお客様にしっかり商品案内をしてください。それでは朝礼を終わります」と店長はきれいな45度の会釈をした。  チーフもそれを見て、切れのある45度の会釈で返した。頭を下げながら、一つ一つしっかりと見習わなくては、と誓いを新たにした。