前話の「トナカイ戦法」でふれていた出前のことですが、和食レストランとんでんで、「出前」開始という社史に名を残すほどのことを始めたのは川口朝日町店のK店長と鳩ヶ谷店のS店長です。  川口朝日町店のK店長が6月の関東地区店長会議で発表した「出前」開始秘話を再構成して紹介します。  このK店長が常に呪文のように唱えている言葉があります。その言葉は部下にも夢を持って語っているのですが、むろん、自分にも何度も何度も言い聞かせるようにして唱える言葉で、それは「とんでんはお客様を満足させる世界一のレストランなんだ」という言葉です。仕事に誇りが持てるのは心的レベルでも高い仕事をしているんだと彼は言う。  そのK店長が出前を始めようと思ったのは今年の4月初めのこと。地区を担当するT地区マネジャーから、T地区マネジャーが去年の2月まで光が丘店の店長だった頃、出前をやってみたかったという話を聞かされたことから始まる。出前はT地区マネジャーがやってみたかった夢の仕事の一つでもあったのだ。  K店長は、実行するなら一緒にやろうと、2キロくらいしか離れていない近隣の鳩ヶ谷店のS店長と話し合っていくうちにどんどん現実味を帯びて、ひょっとしたらひょっとするのではないかと、夢をふくらませながら行動に移し始めたと言う。  最初は宅配と言っていたのですが、宅配は物を運ぶということで、やはり我々はレストランなので、辞書で調べたら「出前」が適切な表現であると理解したとのこと。  そして、とんでんの味をご家庭でも気軽に楽しんでいただける出前サービスをやっていこうというコンセプトでスタートさせることを決意したのです。「出前」は高齢化の進む現代において、このニーズは決して少ないものではないという判断もありました。  出前開始を前にS店長と二人で、出前に関するいろいろなチラシを見たり、地域の人口を調べたり、いろいろと研究を重ねました。  当初は自転車、まずは歩いて届けられる範囲からと考えましたが、安全性と経費面から三輪バイクでやってみたいということを社長に相談したところ、熱意が伝わって「やってみなさい」と決裁も得られ、三輪バイクの購入もできました。  実際に開始するまでには、商品部の力を借りてのメニューづくり、鮨桶の購入、システムづくりに関しても営業部に協力をしてもらい、関係部署のさまざまな支援があって出前のスタートにこぎつけることができました。 実際に始まるんだな、とS店長と二人でバイクを買いに行った時は中古で21万円だったのですが、出前が失敗した時には二人で買い取ろうという気持ちで買いに行ったと言う。二人はそこまで腹をくくった。  そうやって始まった出前ですが、まずは出前を始めることを地域のお客様に知ってもらわなければなりません。  出来上がったリーフレットのローラー(ポスティング)を始めました。これがとても重くて200部も持てれば精一杯でした。住宅地図を買い、一軒一軒チェックしながら配りました。

 ローラーは社員と手分けして朝9時からおこなったり、アイドルタイムにおこなったり、正直、ローラーは大変でした。そのローラーで、お店を利用してくださっているお客様に会うこともありました。

 ある日、社員と一緒にローラーに行っている時のこと。社員が常連のお客様と出会って一生懸命「出前を始めます」と楽しそうに話をしていました。お客様からも、「あらそうなの。じゃあ今度頼むわね。期待しているわ」と言っていただけて社員も本当にうれしそうだった。

 社員に「こうやってローラーするのも、お客様のお名前が覚えられて、お客様のご自宅もわかって良いもんだろう」と言うと、「はい」とにこにこ顔になっている。このローラーでお客様とのつながりがさらに深いものになった、とK店長は言う。

 そうやって苦労してリーフレットを配って歩いて、出前注文の1件目が入った時の最初の喜びというのは、「今まで味わったことのない喜びでした。あの1件目は本当にうれしかった。次の日も次の日も自分で歩いて、ポストに入れて、その日に反響がある、その日に電話がかかってくるというのはなんとも言えない快感でした」とも言う。

 ある日のこと、午後8時までの受付なのだが、8時を過ぎて出前の電話が鳴った。おばあちゃんの声だったが、「2000円以上のご注文での配達でお受けしています」と何度言っても「うな重一つお願いします」と言われつづけた。しかし、ようやく理解していただいたようで、「では、かれいの唐揚げも一つ」と注文いただいて出前に行った。

 出前で訪ねたら、とても感じの良いお客様で、雨も降っていたので「雨の中、すみませんね」ととても恐縮されてしまい、2000円でなくても届けてあげれば良かったかな、とK店長は心が揺れたと言う。高齢者に、雨の中、お食事をお届けをする、出前という仕事の意味が深まっていくようだったとK店長。

 また、出前に行って、呼び鈴を押してもなかなか出てこないお客様がいらっしゃっいました。呼び鈴を3回くらい押してしまったことがあったのですが、玄関に出て来られる姿を見たら松葉杖をついておられて、申し訳ないことをしたと恐縮をしたこともありました。そのお客様からも「またお願いしますね」と言われ、深く感激したK店長。人様にお役に立つ仕事というのは本当に良いものだと心の底から思えるようになったとも言う。 出前が始まってみてわかったことですが、ご注文のお客様の中にはこのように足の不自由なお客様がいらっしゃいます。

 ご注文の電話の中で「そちらのお店、階段があるから行きたくても行けなくて」と話されることもあり、そうすると胸にじんとくるものがあって「申し訳ございません。すぐにお届け致します」と答えたこともあった。 まだまだ進む高齢社会と福祉社会…。この出前サービスという仕事の需要はまだまだあるのではないか、これほどヒューマンなビジネスもないな、と思うようになったK店長。

 今日も、出前専用の電話のベルが鳴るのを楽しみにしています。