今年の成人の日は1月14日の月曜日。成人の日の祝日は正月気分の延長のような、まだどこか浮き浮きした気分が残っていて、ぎすぎすした世情にあってそれはそれで平和で良いのかな、という気分にもなります。

 祝日ですから、和食レストランとんでんはどのお店もお昼前ころからご家族のお客様で混み始めます。もちろん、成人の女性、男性のお客様も和服の晴れ着を着てのご来店、あるいはいかにもおろし立てのスーツという感じのういういしい新成人のお客様もいらっしゃいます。

 三世代でご来店され、皆様笑顔でお祝いのお食事を楽しまれている10名近い団体のお客様もいらっしゃいます。伝統行事のお祝い事、記念のお食事はやはり和食が一番好まれるようです。

 席を別にしてご近所のお客様がお食事をされることもあって、お客様同士、気が付かれてお席に伺い「今年初めてなので、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します」というご挨拶の声も聞こえたりします。そういう意味で、お正月も成人の日までかな、と思わせられることもあります。お正月期間は”松の内”と呼ばれ、一般的には7日までですが、本来は小正月の15日まででした。

 クラス会のように集まった10名を超えるお客様もこの日は多く、お店はお客様によってにぎにぎしくなったり、若やいだりもします。他のお客様も〃若さっていいな。今日くらいは勘弁してやろう〃と大目に見ていただけるのもいくぶん正月気分が抜けないからでしょう。

 1年前の成人の日も月曜であったが、前日の日曜、潮が引くように、ディナーのお客様がそろそろ引き始める午後8時ころ一人の中年男性のお客様がお店の玄関に入ってきた。

 あわただしくテーブルを片付けていた高卒で入社2年目の女子社員が気づき「いらっしゃいませ」と声でお迎えして、見つめると彼女のお父さんだった。心の中で、あれーっ?と思って近づいていくと、緊張していたお父さんの顔がまるく歪んだ。

「元気だったか。正月、帰れないのはわかってたけど、明日、成人の日だからさ。どうしても顔、見たくて夕方の新幹線で来たんだ」

 彼女はうん、うんとうなずいて、急に何かがあふれそうなのをこらえた。

「元気そうで安心した。二十歳の成人のお前に何か記念の贈り物を、と考えたんだけど、父さん、若い女の子に何をやっていいかわかんなくて」

「うん。別にいいよ」と、半べその彼女はまた、うなずいている。

「会いに来てくれた。それでじゅうぶんよ、父さん。会いたかったよ。元気でいた? 血圧、大丈夫?」

 彼女の父親も首を横に振ったり、縦に振ったり、言葉にならない。

「あっ、店長」

「どうかしたか?」と小声でさぐるように近づいてきた店長。

「父です。父さん、店長さん」と彼女。

「どうも、娘がえらいお世話になっています。気がきかない娘で、よろしくお願い致します」お父さんは頭を下げた。

「いいえ。よく頑張ってくれています。お客様からの評判もよいですよ。どうぞ中へ入ってお座りください」

 と店長は招き入れようとするが、

「大宮から9時58分の最終やまびこに乗って帰るもんで」

「そうですか。でも、お茶を召し上がっていかれませんか。もう少し、お嬢さんが元気で働いている姿をごらんになっていかれては」店長はすすめた。

「父さん、ご飯、食べる時間ないのなら、”特急”でお持ち帰りのお鮨を握っていただくから、帰りの電車の中で食べて。席に座って。すぐにお茶を持ってくるし、好きなコーヒーも飲んでって」と彼女はお父さんに強くすすめた。

「じゃ、そう、させてもらうわ」とお父さんはおずおずと招かれるまま席に着いて彼女の姿を追った。

 お持ち帰りのお鮨ができて、彼女はそれに和菓子の「あんころ餅」「べこもち」「黒糖まんじゅう」も袋に入れて父親に「これも持っていって」と差し出した。お父さんはお金を払おうとした。

「父さん。いいよ。わたし、毎月、お給料、もらっているのよ。先月はボーナスもいただいたわ。父さんから言われたとおり、無駄づかいしないで貯金もしてるから」

「そうか。なんも心配しなくていいな。成人の日のお前に、なあんもやるものなくて、だけどおれの大事なものやる。母さんの形見の指輪だ。成人になったお前が持っててくれれば、母さんも喜ぶんでないかと思ってさ」

 彼女はまた、うん、うん、とうなずくばかりで、お父さんの後ろ姿を外に出て見送った。お父さんは見えなくなる前に振り返って「元気でな。頑張れよ」と大きな声で励ましてくれた。聞き慣れたなまりのあるお父さんの声がいつまでも彼女の胸の中でこだましていた。 その胸の中で「父さん、あったかいセーターも、あとで送るからね。父さんこそ元気でいてね」とつぶやいた。外はひんやり冷えていた。見上げた夜空にオリオン座がきらりと光っていた。彼女は涙をさっと拭いてお店に戻った。

 今年3年目の彼女は成人の日のフロアーの中心スタッフに育っている。