12月に入ると、街にはクリスマスソングがあふれ、サンタクロースの飾り物があちこちのショーウィンドーだけでなく、家々の窓にも飾られ、人々の心もうきうきしてくる季節。  大学の福祉学科を目指す女子高3年の彼女が、夏休みから、とんでんでアルバイトを始めて5カ月になる。フロアーサービスの仕事が介護につながるように感じて、両親に相談したら、「受験勉強をしっかりおこなうこと」を約束させられ、それに「とんでんさんなら礼儀や挨拶の仕方も身につくわね」と承諾してくれた。

 土曜日は学校が休みで朝からも勤務できたので、オープンの10時から午後4時まで6時間のシフトが多かった。夏休みが終わり、秋の始まり頃から80歳くらいの男性のお客様が一人でご来店されるようになった。

 初めて彼女がお迎えしたのは、ランチピークを越えた午後2時過ぎの来店で足が不自由で杖(つえ)をついておられた。身体を左右に揺らせながら、お店の玄関にゆっくり歩いてくるお客様に気づいた彼女は、少しどきどきする気持ちで、心の中で一歩踏み出すように、玄関のドアを開けてお待ちした。

「いらっしゃいませ」と明るくお迎えして、お店の中に招き入れ、ゆっくりと歩き、玄関から一番近い、空いている窓側の席にご案内した。

 座る時、お客様はテーブルに手を添えて、崩れるように腰をおろした。

 その時に、はずみで杖が床に転がった。お客様はあわててそれを拾おうとしたが、「お客様、大丈夫です」と、素早く彼女は拾って差し上げ、お客様に渡した。

 お茶とおしぼりをお持ちして、「お茶は熱いので、お気を付けてお召し上がりください」と、そっとテーブルに置いた。

「大丈夫だよ」とお客様は言って、外の風で手が冷たくなっていたのか 手を温めるようにして両手を湯飲みに当てて、すぐに口に持っていった。 「うん。ちょうどいい」と、うれしそうに笑った。

 彼女は、心の中でよかった、と安堵(あんど)した。少し冷ますようにして、手のひらで温度を確かめてから持ってきたのであった。

 ご注文は、山菜そばと生ほっき貝のにぎり鮨であった。外を眺めながら、ゆっくりと午後の遅めの昼食を取られ、湯飲みの傾け方が高くなってきたので、お茶のお代わりをお持ちして、食事が済んだころ、またお茶をもう一度持っていって、テーブルに行く度に「何かご用があったら、いつでもお呼びください」と笑顔でお話しした。

 ゆっくりと外を眺めたり、テーブルの上に立ててあるデザートメニューなどを見ながら時間を過ごされていたが、お帰りになるようで、立ち上がろうとして、手をテーブルに置いて身体を支えていた。座席に立て掛けてある杖に手が届かない。彼女は杖を取って差し上げて、「よろしければ、おつかまりください」と腕を差し出した。

 お客様は一瞬、顔をけわしくされ、「気持ちはありがたいが、まだ一人で歩ける」と自分にいい聞かせるように言った。彼女は、はっとした。

親切であれば、すべて良いということではない、ということを教わったような気がして「申し訳ございません」と、きちんと頭を下げた。

 それから毎週のように、このお年を召したお客様は来店され、決まって山菜そばと生ほっき貝のにぎり鮨をご注文された。彼女がたまたま用事でお店を休んた時は、必ず「何かあったのか」と聞かれた、と他のパートさんから彼女の耳に伝えられた。

 そして12月の第1週目の土曜日、彼女は風邪で熱を出して休んでしまった。夕方5時ころ、店長がお店から車で10分くらいの彼女の自宅を訪ねた。 彼女は朝、病院が開くのを待って診察してもらい、薬をもらって飲み、日中ぐっすり眠ったので、熱は引いていた。自宅の玄関に出て店長に会い、急に休んでしまったことの謝罪をした。

「インフルエンザだろう。しょうがないよ。お見舞いもあったけど、いつも土曜の午後にいらっしゃるお客様が今日もお見えになって、君に渡してほしい、と手紙を置いていったから」と、預かった手紙を持ってきたのだった。

「じゃ、体調が良くなったら、ディナー帯もこれたら出勤たのむね。おせち料理販売もあって忙しいので。お店の目標販売個数まであともう少しなんだ」と言って帰っていった。

 店長からいただいたのだろう、とんでんの名前が入った封筒をどきどきしながら、開けてみると、お店の紙ナプキンに走り書きがしてあった。

<風邪だそうだが、しっかりからだを休めなさい。おせち料理1個、お願い致します>

 そして、おせち料理のチラシから切り離した申込用紙が入っていた。

 電話番号が書いてあったので、思い切ってお礼の電話を掛けてみた。

 呼び出し音が鳴っている間、胸がどきどきし始めているのがわかった。なかなか出ない。一瞬、留守かと思ったが、そうだ、足がご不自由なのだ、と思って辛抱強く待ってみた。

「はい」しわがれた声がした。

「お客様、ありがとうございます。今日もいらしてくださったのですね。おせち料理、お申し込みいただきましてありがとうございます」

「おう、元気になったか」

「はい。熱も下がりました。ご心配、ありがとうございます。でも、お客様はいつもお一人でご来店されていて、お一人住まいなのではありませんか」

「そうだよ。でも、今年の正月は息子夫婦が5年振りに孫の顔を見せに来るって電話があったんだよ。ばあさんがいなくても、何かごちそうしなくちゃ、と思ったのさ。とんでんにはおせち料理がある。そうだ、これだと思ったのさ。そしてね、どうせ、注文するなら、いつも良くしてくれるあんたにと思って、今日、予約票を持っていったのさ」

「そうでしたか。お孫さんとも会えるのですか。よかったですね。ありがとうございます」

「うん。ありがとう。あんたに何かクリスマスプレゼントと思ったが、目立ってもいけないと思って、おせち料理の注文だけにしたよ」

「ありがとうございます」

 彼女はなぜかしら、こみあげてくる涙にむせんだ。