9月半ばになっても、関東は蒸し暑さがつづきます。敬老の日は3世代のお客様のご来店が多く、祝日ということもあって、小さなお子様や小学生のお子様を連れたお客様はランチ帯に多くいらっしゃいます。

 高校1年の冬休みからアルバイトを始め、およそ10カ月くらいになり下げ膳とお茶サービスにすっかり慣れた女子高校2年の彼女。

 17歳にして礼儀正しく、三世代のお客様ともきちんとお話ができるようになっていた。

 実際に彼女は何人もの小さなお客様から「おねえちゃん、こんにちわ」と、お店に入るなり声をかけられる。ある意味、人気者なのである。

 お茶サービスで回ると、小さなお子様たちには、お冷やサービスをしたり、食べ終わったお皿や小どんぶりを片付けてあげてテーブルを広くしてあげたり、逆にパンダ、サッカーボール、ミッフィーのうつわなどお気に入りのものは残しておいてあげたり、(それらを置いておくだけで、子供たちは千の物語を考え出すことができるからであったが…)お子様たちとは声に出さず、顔を右に左にかたむけながら目で言葉をかわす不思議な能力があった。

 笑顔の微妙な変化で伝え、お子様たちの返す表情を読み取り、それに合わせて行動し、フィニッシュはきわめつけの天使の笑顔。笑顔は天使の最大の愛情表現であることをお互いに知っているのである。

 その彼女に午後3時、お客様が来た。

「おじいちゃん、おばあちゃん、いらっしゃいませ」ときれいにお辞儀をして彼女は迎えた。彼女の目がきらきらしている。

 彼女にとって、中学3年の春に癌で亡くなった父方の祖父母であった。  彼女は学校の成績が良く高校進学の時、父方の祖父母が学費の面倒は見るから、ぜひ有名私立校に行くように、とすすめてくれた。

 だが、彼女自身も母親も納得づくで、学費の少ない県立高校を受験、進学した。なおかつ彼女は高校1年の冬休みからアルバイトを始めた。父方の祖父母はそのことでもう我慢できなくなったように彼女の母を責めた。母親は「特別変なことをしないかぎり彼女の思うように行動させたい」と母親にとっては義理の両親に静かに語った。16歳だった彼女は黙ってみていた。  人は激しく反論されるほど、それに合わせて力あるものはそれを行使しようと思うものだが、冷静に語られてはそれもできない。そんなことがあって以来、両家は行き来しなくなっていた。

「どうぞ、ご案内致します」

 久しぶりに会った孫に案内されて、おじいちゃんとおばあちゃんは、にこにこと従った。

 席に着いて、メニューを見せながら彼女は「当店のメニューはどれもおいしいものばかりですが、おじいちゃん、おばあちゃんにはこちらの低カロリーメニュー、遊膳、楽膳をおすすめ致します」とにっこり微笑んで紹介する。

 その案内に彼女の祖父母は最初ぽかーんとして見ている。しかし、そのうちおばあちゃんの目から涙がほほをつたい、おじいちゃんはうつむいて肩を小さくふるわせた。むろん、悲しいのではない。とてもうれしかったのである。

「おとなになったね」とおばあちゃん。おじいちゃんは、何度もうなずいている。

 すると、もう一人、席に近づいてきた。

「あら、波子さん」とおばあちゃんが少し驚いたように言う。

「お母さんも、いらっしゃいませ。どうぞ、こちらの席へ」と高2の彼女。

「マコに仕組まれたようですね。おかあさん」と彼女の母親が、おばあちゃんに言う。

「そのようですね。波子さん。気持ち良く、だまされましょうよ」とおばあちゃんは笑う。

「よかった」と17歳の彼女。

「今日は敬老の日。私がごちそうさせていただきます」と、満面の笑みで、胸を張るようにして彼女は言った。

 うしろから「おねえちゃん、こんにちわ」と彼女に声をかけてくる。新しい小さなお客様の来店である。

「いらっしゃいませ」と彼女は小さなお客様を明るい声でお迎えして、小さなお客様と笑顔と笑顔で交信してから、にっこり微笑みながら彼女は機敏に歩いて奥へと消えて行った。