関東のとんでんに勤務する社歴の長い社員には北海道出身者が多い。その多くが北海道に戻らず、新天地の関東に定住する。

 なぜなら、彼らの子供たちは関東で生まれ、関東で育ち、関東の大学に通っている者もいるし当然、関東の会社に就職をし生活をしており、子供たちにとって北海道はおじいちゃん、おばあちゃんが住む土地となってしまっているからである。

 北海道出身者は北海道の食べ物をなつかしがる。干物のほっけにしたって、関東のスーパーでも売ってはいるが、あぶらがなく、うま味がないと嘆く。最近は北海道のほっけが売られるようになって、買ってきて食べてみるものの何か味が違うと思ってしまう。

 北海道に帰ると食べたいのは、ほっけの焼き物、まがれい、くろがれい、すながれい、やなぎのまい、あぶらこは煮魚として、冬のかじか、たち(たらの白子)は味噌汁、この頃はニシンも揚がるようになったと聞く。鮭の子のスジコは、スズコとも呼ばれ、今でも年中、食卓にのぼる。白いご飯に塩辛くて甘みのあるスズコは食が進むからである。

 子供のころ、と言っても50年近くも前のことであるが、毛蟹は安くて一人2ハイずつ、新聞紙の上で大きな裁ちバサミを使って食べたものだがだんだん値段がバカ高くなっていって口にすることはなくなり、庶民の口から遠去かってしまった。きんきの煮魚も子供のころは普通に夕食のおかずに出てきたが、今は北海道でも関東でも高級魚である。

 じゃがいもや堅いマサカリかぼちゃ、とうきびは、昼食がわりだった時もある。北海道人は、とうもろこし、と呼ばず、とうきびと呼ぶ。じゃがいもは馬鈴薯、ごしょいもとも呼んでいた。

 でも、魚も代用食のいもやかぼちゃも子供の頃の方がずっとおいしかった。甘みがあった。北海道の海や地は、今とはミネラルの多さが違ったのかな、と思う。

 柳葉魚(ししゃも)だって、晩秋になると、串刺しで安く売られ、夕食のおかずというより、前菜といった感じで軽く焼かれた柳葉魚が皿盛りで出た。柳葉魚が魚屋に並ぶ頃は北海道は朝夕、冷え込むようになり、家の中では、薪ストーブがたかれていたものだ。

 柳と言えば、北海道の川原には柳の木が自生し、七夕のお飾りの木は柳の木であった。七夕が近づくと鉈(なた)を片手に近くの川原に自転車で行き、形の良い柳の木を切って自転車の後ろにくくり付け、ずるずると引きずるように家まで運び、埋め込んだ添え木に縄で縛り付けて立てた。

 北海道の秋の味覚、ししゃもという魚はその柳の細長い葉に似ているから柳葉魚という字が当てられたようだ。

 その柳葉魚が、10月2日から始まるとんでんの「北海道フェア」のメニューの中に登場する。それも知る人ぞ知る、日高の鵡川産で、垂涎の的(すいぜんのまと)である。関東で手に入れることはなかなか難しい一品。「北海道フェア」の開始を待っているのは、意外にもとんでんの北海道出身者であったりするかもしれない。スイーツメニューの「まりもようかん」もなつかしくて、なつかしくて…めんこいようかんだよ。